2009年11月28日

よしながふみ「大奥」読み始めました

「きのう何食べた?」から始まって
「愛がなくても食っていけます。」から
「それを言ったらおしまいよ」「愛すべき娘たち」と
読んでいって、よしながふみは面白いなー、と思い
よし、信じたぞ! と踏み切って「大奥」読み始めました。



現在進行形の長編漫画は裏切られるのがこわいから
作家を信じないと読み始められないんです。

いま2巻目なのですが、
よかったよかった。面白いです。

将軍は女、大奥には美男三千人・・・という
まぁ「真っ赤な嘘」を描いた漫画ですけど
大きな嘘をひとつつくために、
実際の史実の裏打ちがおそらくあって
すごく丁寧な人物描写があります。

「男の嫉妬」っていうのが
作品に貫かれたひとつのテーマだと思うのですが
いやいやこわいんですよね男の嫉妬。

男の嫉妬、なのか、男の女々しさであり
女の男らしさなのか。

よしながふみという作家は、
たぶん、そういうことをこの作品だけでなく
自身の描くもので表現しようとしている人だと思います。

「大奥」は現在5巻目まで出ているんで
現在まだ2巻目読み終えたところでこの面白さなので
ここからどうなるのか楽しみでございます。

大きな嘘をひとつつくために数多くの裏打ち
という点と、物語の舞台が近いという点で
ずーーーっと昔に読んだ「後宮小説
」を思い出しました。

そして他の作品と比べてみて
「本人が自分の持っているものの中で、やりたいようにやった」作品と
「作品のために、やりたくない仕事もやった」作品の違いを
感じました。

「きのう何食べた?」とか「それを言ったらおしまいよ」とかは、
おそらくですけど、作家本人の中の貯蓄で描いた作品だと思うんです。
(それもすごいことです)
んで「大奥」は、歴史の検証とか含めて、やりたくないことも
やっている作品だと思う。

多分、史実の確認とかって、
作家からしたら、めんどうくさい作業だと思うんですよ。

でもやんなきゃ厚みのある作品にはなんないんですね。
そう思いました。

もちろん、前者の「やりたいようにやった」からこその
あっさりめの面白さというのも、その中だから描ける
すこし踏み込んだ心理描写というのも、これはこれでいいです。
家庭料理と料亭の料理の違いのようなものでしょうか。
posted by ささきぃ at 15:04| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

ポメラとMVPen

以前、ブログに書いたこともあるデジタルメモの「ポメラ」。
じつは購入してたのですが、Macとは対応してないんですよね。
(接続する方法はいくつかあります。ただ私には面倒でした。
 検索すればいくらでも出てきます)

しょうがなくSD使って移してたんですけど面倒で、
接続にこの手間かけるんじゃEeePCのほうがいいやって
売ってしまったのですよ。

しかし新製品「DM20」の機能は魅力的。
打ち込んだテキストをQRコード化してくれるんだってさー。

これって、それをすぐ携帯で読み込めば
ブログの更新とか、携帯で送らなきゃいけない
長いメールとかに打ち込んだテキストを使えるってことだよね?

ううむ。

いや、買わない(本当か?)。だってEeePCあるし。
でも、ポメラの「打ち込むだけ!」って感じはすごく好きなんだよなー。

買わないけど、ここで接続方法にQRコードって考える開発者は
見栄はってなくて、頭がやわらかいなー。
ポメラ「DM20」リンク

ほか今気になっているのはMVpen。
手書きのメモをそのままデジタルデータにしてくれるんですよ!
ノートとった言葉が打ち込みされた状態で出てくるなら
これは便利。

そうでなくても手書きで書いたラフを
PCで送ったりできるんじゃね?いや、できますね?

えらいのはMac対応してるってことだ。これはとてもえらい。
MVPenリンク
posted by ささきぃ at 11:47| 文房具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クオリティ

今日は朝8時に起きて
ゴミ捨てをして、午前中にメルマガの原稿を書いて、
いくつかメールを書いたりして、
朝兼用のお昼を作って食べて、記者会見へ。

会見の取材をして
驚異的なスピード(だったと思うのだ)で会見の原稿を書いて、
図書館に寄って借りていた本を返して、
帰りにスーパーに寄って鍋の材料を買って、
夜ごはんを作りました。

いくつかこなした今日の「仕事」のうち、
もっとも完成度に満足がいくものは何だろう、と考えて、
それはどうも僅差ながら夕食の「鍋」のような気がするんだけど、
それじゃいけないな、と思ったところで、
はて。「いけない」のだろうか、
とふたたび考えた。

私が作ったものを「受け取る」人の数は、
読者数、しかも注目度の多い会見だからいつもより多い読者数に対し、
旦那ひとりと自分、と、そりゃ原稿に比べればはるかに少ないけど
これもこれで、自分にとっては大事な家事という仕事で案件であり、
仕事は対価を考えて注ぐエネルギーの分量を考えるべきとしたら
夕食作りは旦那と自分の満足という対価のとても大きな仕事でもあった。

はて。

答えはないけど
いつも今日くらいうまく働いて
エネルギーを使い切って生きて行けたらいいのにと思った。

鍋はたいへんうまかったです。
それはそれは、今日やった仕事の中で一番と言えるくらいに。
決してほかの仕事がよくなかったというわけではないのに。

だけどそれをこうして書くことに罪悪感のようなものを感じるのも確か。

ねます。
posted by ささきぃ at 01:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

高円寺の石狩亭

高円寺の居酒屋で火災、のニュースを知人の日記で見て、
店の名前「石狩亭」の文字にびっくり。

何回も行った店なんですよ。

酒もつまみもべらぼうに安くて
居心地がよくて、ゆっくり話したいときとかに
すごくいい店でした。
教えてもらってから他の人を連れて行きました。

また行きたい店だったのにな。

お亡くなりになった方のご冥福をお祈り申し上げます。
posted by ささきぃ at 01:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

欠席のお知らせ

18日はシュートボクシング後楽園大会
なのですが、残念ながら行けません。
見たいんですけどねぇぇ。

母の四十九日で納骨式
という、お伝えすると逆に相手に申し訳ないような、
しょうがない理由なので、
すいませんという感じです。

田舎が島根でさらに空港等から遠い市なので、
もろもろ合わせ2日がかりなのです。
明日から行ってきます。
事情が事情でもあるので、あまりこういうときに
せっかくだからと言って人と会うのも何な心境であり日程なので、
関西および山陰地方の知り合いの皆さんごめんなさい。

大会の見所を書いたりするときに、自分でも
「どんな理由があってもこの試合は見なきゃダメだ」
的な言葉を使っていましたし、
むしろ休む側に対して(場のノリにしても)なんだよ、と
言う立場だったとも思うのですが、そうは言っても
見られないものは見られないんだなということを
実感することが、まぁ多々あったここしばらくでした。

試合はライブであって、いい大会に同席できるのは奇跡です。

いろんな立場の人がいることを知って
少しは自分も前よりましな人間になれただろうか
それとも言葉を使うのに臆病になってしまっていないかなどと
考えたりします。

だけど

ありとあらゆる種類の言葉を知って
何も言えなくなるなんてそんなバカなあやまちはしないのさ。
(by小沢健二「ローラースケート・パーク」)

あまり大声で言う話じゃないかもですけど、「THIS IS IT」見てると、
というかマイケルの曲を聴いていると、
時折、小沢健二を思い出しました。
「あれ?」って感じで。
キング・オブ・ポップ。
posted by ささきぃ at 14:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

観客に誇り高く頭を下げるマイケルのように

マイケルジャクソンの映画『THIS IS IT
見てきました。
素晴らしかったです。

マイケル・ジャクソンを知っているつもりでも
彼の歌う姿、踊る姿を
ほとんど見ていなかったんだな、と
気づかされました。

言動やスキャンダルで歌い手を知ったつもりになって
どうするというのか。

歌っている姿、踊っている姿から、
その人のコンディションは分かる。
50歳でそれを保つために、どれほどの努力をしているか。

美しい映像、かっこいい立ち姿に見とれていると、
マイケル自身が、ひどく客観的な言葉で自身と、
自身のステージについて語るのです。

ダンサーたちの独白、
大勢でひとつのことを作り上げていく課程の
プロフェッショナルな姿勢。
憧れのスターと同じ舞台に立てる喜び、
だからこそ完璧じゃなきゃいけないっていう緊張感。

リハーサルの光景に、泣き入りました。

すごくいい撮り下ろしが詰まったミュージックビデオを
いっぺんに見ているような感もあり、
極上のエンターテインメントの裏方ドキュメントを
見ているようでもあり。

本当は存在していない、幻のスターの物語を見ているようでもあり。
それほどすごい。
すごくて、スタッフの心をしっかり掴んでいて、
それぞれの力を最大限に引き出そうと努力している。

なのに、
このステージは日の目を見ることはなかったのだな、と。

ステージ全体として考えると、大きすぎてなんだかぼんやりしてしまう。
逆に、マイケルのステージに出ることが夢だったダンサーとか、
そういう、かかわった1つのパーツになるはずだった人の気持ちを
考えると、泣きそうになる。

そう思うと、この映画が出来たことを、
簡単に喜んではいけないのかもしれないけど、
だけど、
よいものを見ました。
ほんとうに。
posted by ささきぃ at 22:28| 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

宣伝します(0911ver.01)

いまさらの宣伝になりますが、
ホームページができています。

まだ、ほとんどcoming soon! 状態ですが、
そのうち、これまでの仕事とか
活動とかを、ブログとあわせて
見ていただけるようにする予定。です。

ツイッターも8月27日からこっそりはじめていたのですが
これはいつからかだいぶバレているというか。

なんかまだツイッターは使い方がわかっていません。
読むのがついていかない。

そしてsasakey.comのドメイン取得にともなって
メールアドレスも、こちらに順次移していく予定です。

またかよと思われそうな、メールアドレス変更の
ご連絡をさせていただきますので、よろしくお願いします。

佐々木亜希公式ページ
佐々木亜希・ツイッター
posted by ささきぃ at 14:50| 宣伝します | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

雨ののり弁

新日本プロレスに参戦中の、ミスティコのテーマ曲は
おそらく外国語の歌のはずなんですが

リングインするあたりの盛り上がりのところが

「雨の、雨の、雨の、の〜り〜弁〜♪」

と、聞こえるんです。

私だけか。

本当はなんと歌っているのでしょう。

調べると長くなりそうなので、明日の仕事にそなえて
今日はやめときます。

今日の新日本のこととあわせてそのうちに。
新日本のことを書いたことはあまりない気がします。
書きたいことはいくつかあるのです。
posted by ささきぃ at 23:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

きもの

30歳を過ぎたいわゆる文化系の働く女性たちが
急に着物を着始めるのを、いささか首をかしげながら見ていました。

すごくいいものだとは思うし、日本文化として身につけて
おくのも大事だとも思います。

それでも、ものすごい言葉悪いですけど、必死感とか逃げている感とか、
なにかが漏れているような感を勝手に感じていました。

私自身もとうに30を過ぎていますが、
着物を見て、きれいだなと思うことはあっても、
自分自身がそれを着ることはまずないだろうと考えていました。

自分自身は中学生の頃に浴衣を着たのと、成人式の時に着たきりで、
きっと今後もジーンズやカーゴパンツがお似合いな生き方を
していくのだろうと思っていたので、着物が着れないことも
へいちゃらでした。

母が亡くなって、着物があると聞いて、
最初は正直困ったなと思いました。
母は私より10センチ以上も背が低いので
残された着物は私にはあわない。

とはいえ私がなんとかしないと
兄も父も扱いに困るでしょう。
1枚や2枚でなく、何枚もあったし、
帯もたくさんありました。

これだけの数があるなら、まぁ、練習で着てみてもいいかな、
着られるようになっても、損はしないだろうし。
そう思って、とりあえず着物関連のものは全部もらうことにしました。

引き取る前に、いちおう予備知識を身につけておこうと
着物入門的な本を何冊か読みました。

着なきゃいけない着物がある という前提があることもあって
真剣に読んだせいか、結構おもしろいんです。

必死感とか感じてたくせに一転して
まあ時間があるときや休みの日とかに
こういうものに接しているというのもいいかな
日本人だしね

というくらいの気持ちになって。

ちょうど日光に行ったりしたので
日本文化に対する興味が開けていたのでしょう。

今日、実家から引き取ってきて、
中身をチェックしつつ、家の中にとりあえず収納。

着物が6着、帯が9枚。それに小物ひととおり。
けっこうな数で量ですよ。

こんなにあるなら、もっと着ればよかったのにと思いました。
そう言うと「そういうことを言っちゃだめだよ」と旦那に諭されました。
「大切だから余計に着れなかったんじゃないの」と。
そういうものなのでしょうか。

本を見ながら、手頃そうな着物に袖を通してみました。
大汗をかきながら。

自分にぴったりの身丈でした。

165センチで横もそれなりに大きい私が着て
おはしょり分もちゃんとある、私に。

それはとても、母の身長にあっているとは思えない着物で。

成人式のときも、母のすすめる赤やピンクじゃなくて
黒を選んだ、めんどくさいセンスで
女の子らしい色があまり好きではない私でも
敬遠しないような紺色で。

同じ、たとう紙にくるまれた黒の単衣はしつけがかかった状態で、
おそらくそれも、袖を通すまでもなく、
今着ている紺と、ほぼ同じ大きさで。

たぶん、そんなに高いものではない、
洗える素材のはずだけど、それでも。

言ってくれれば良かったのにな、と。

もしかしたら、言われていたのかもしれないけれど。
たぶん、言われたからといって着なかったでしょうけど。

本を見ながらはじめてひとりで着付けたから、ぐちゃぐちゃだけど。

ちゃんと着られるようになろうと思いました。
いつになるかわからないけど、
それでも。

ひとがどんな事情で着物に接するのかは、わからない。
ただ、どんな事情があるのかもわからないのに
偏見で見るのは、まず自分が止めよう。

思いもよらぬ形で着物を手に入れることになったけど
悲しい気持ちで着るんじゃなくて
自分に与えられた小さな可能性として
ただ普通に好きだから着ている、
着られる服のいちジャンルとして着ている、
そんなふうに、着られるようになれればいいなと思いました。
posted by ささきぃ at 23:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする