2010年08月15日

現代のおとぎ話・私的羅川真里茂論

羅川真里茂「朝がまたくるから」よみました。

私がこの方の作品で読んだことがあるのは
「赤ちゃんが僕」を高校時代に、
(生徒会の先輩が新刊が出るたびに持ってきてくれて、
 それをみんなで回し読みしていた。懐かしい)
あと「ニューヨーク・ニューヨーク」を数年前に という程度です。

この方が親子関係を描いたりする様が、
あんまり好きではなかった頃がありました。
自分が若かったので、その問題が自分に近すぎて、
客観視できなかったというか、いやでした。

育児ノイローゼの話や、離婚したおうちの話を読んだ時、
あと、すごくいい先生が出てきたりしたときに
やだなと思ったのを覚えています。

なんでやだったかといえば、その主人公には、
漫画だし救いがあったのですが、
現実には救いがないから、そういうものを見せないでくれ、
と、思っていたのでした。
あんないい先生もあんなに弁がたって正義感も強いような
完璧な小学生もおらんわ!とか思っていました。

ただまぁ私も大人になり立派に年を取り
そして「赤僕」から「ニューヨーク・ニューヨーク」を読んでみて
あぁなんか、この人は本気なんだ
本気で物語を描く人になろうとしているんだ
ということが伝わってきたのも、たしかでした。

今回の「朝がまたくるから」の帯には
「羅川真里茂にしか描けない。」というコピーが書かれています。

読んでみて、たしかにそういう世界だと感じました。

自分が大人になってみてみると
「罪」をテーマにした
3つのお話は、やさしい物語だと思いました。

おそらく、実際にかなり近い事象が複数、起きているはず。
そして現実には救われず、いまも痛みを抱えたままでいる人も
想いを遂げられずこの世を去った人もいるでしょう。

それらのテーマに取り組むのはきついことです。
おそらくは、羅川さん自身も
自分がやっていることが正しいのかどうかは
わからないけど、それでも描かずにはいられない、
そうすることで何かを救わずにはいられないというか、
どうすればよかったのかを考えたいのでもあるだろうし、

またそうするしかない物語をご自身の中に
持っておられるのだと、思います。

若い読者が読んでどう感じるのか、いまの私にはよくわからない。
でも、やさしい現代のおとぎ話を紡ぐ羅川さんの存在は、
貴重だなと思います。

起こりうる悲しいことに対して無関心でなく、
描いて作品にしている以上、他人事でもないと考えている、
そういう大人としてだけでなく、
悲しいことが起きる前に、隣にいる愛しい存在の手をしっかり握ろうと、
そういうことも伝わってくるのです。

作品から何か暖かいものを受け取ったら、
どこかで、その暖かさをこぼしてあげると、いいと思います。


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羅川真里茂「朝がまたくるから」
posted by ささきぃ at 02:36| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする