2011年10月22日

「いい試合」はなぜ記事にならないのか

プロレスや格闘技を会場に観に行った後というのは
気分が高揚しているものです。

観戦後、自分が行った大会や試合が
どんなふうにメディアで取り上げられているか、
それを確認するのもまた
ライブで同じ時間を過ごした人の
楽しみではないでしょうか。

ただ

「あんなに会場が沸いた、あんなにいい試合よりも
 どうして、試合後のコメントのほうが
 大きく取り上げられているのだろう」

などと、思ったことはないでしょうか。

もしくは

「どうして、毎日のように行われている
 面白い試合や大会を取り上げずに
 事件のときだけ、こうも
 大きく取り上げられてしまうのだろう」

と、ため息をついたことはないですか。

私はあります。

私は伝える側にいて、
携帯サイトではありますが、ニュースの
大きさ(トップニュースにするべき記事)を
自分がコントロールする立場だった
ことも一時期あります。

でも、とくに伝える仕事を始めた初期の頃は、
実際に行われた試合よりも
会見場の言葉や舌戦のほうが
大きく取り上げられる現実を前に
なんともやるせない気持ちになったものでした。

仕事を続けていく中で
そういうものだ、仕方ないのだ
と自分に折り合いをつけていましたが、
伝える側として、あいまいな理解のままでは
いけないとも思っていました。

多分、それはシャープに言葉にできる
現実のはずだ とも感じて居たからです。

同時に、読む側の人たちから

「どうして、試合よりも
 試合以外のゴタゴタとかばかりが
 新聞に載っていたりするんですか」

と、聞かれたことが何度もあります。
そのたび私は

「それは○○新聞さんに聞いてください」

と、返答していました。
雑誌名を出して聞かれたことも何回もありますが
同じように答えています。

本当にそうだからなのですが
そう答えるたびに、スッキリしないものを
感じてもいました。

たいてい、そういうことを聞かれるときは
立ち話とかのタイミングなので
長い話をしてきちんとスタンスを説明する
ヒマもないので、そう答えるのが
ベストだというのが私の考えだったからですが、

聞いてくる側の人たちに
怒りや、やるせなさが混じっているのも
分かっていましたし、

実際に何を言うかは別として
自分の中にその答えを見つけていなきゃいけない、と
自問自答も続けていました。

聞いてくる側の人たちの
うっぷんは、そのまま受けたら
けっこうつらいくらいの大きいものであることが
往々にしてありました。

私にそういったことを聞いてきた方たちには
すかして対応してると思われてたでしょうけど、
実際そうですけど、
そうして対応しないとこわかったです。

選手や競技のファンだったらそうだろうな、とは
理解できるのですが、
同時に、そこまで責められるようなことを
伝える側がしているものだろうか
という疑問もありました。

続けていく中で、その答えが
なんとなく自分の中で掴めるようになりました。

それはいつしか当たり前のこととして
私の中のルールにもなりました。

もっとうまく説明できる人も
いるでしょうが、私なりの言葉で
その説明をしてみます。

そのルールを知っているかいないか で、
報道に対する読み手としてのストレスは
だいぶ、緩和されると思うからです。

とくに、最初に書いたような疑問を
抱いたことのある人なら
今後は、そういったため息を
小さくできるかもしれません。

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「どうして、試合よりも
 試合以外のゴタゴタとかばかりが
 新聞に載っていたりするんですか」

という問いに対して、丁寧に回答してみます。

なぜ記事にならないのかを考える前提として
なぜ記事になるのか を考えてみます。

プロレスや格闘技が取り上げられるときは
たいてい、試合結果や
試合カードの決定などの
「ニュース」として、伝えられます。

だからこそ「あんなにいい試合だったのに」
というストレスも産まれるのでしょうが

ニュースとは何なのか。

「新しく一般にはまだ知られていないできごとや情報」
「新聞・ラジオ・テレビなどでの報道」

です。(デジタル大辞泉より)

じゃあ、報道とは何か。

「告げ知らせること。また、その内容。報知」
「新聞・ラジオ・テレビなどを通して、
 社会の出来事などを広く一般に知らせること。
 また、その知らせ。ニュース」

です。(デジタル大辞泉より)

ガシャッと結論を言ってしまえば

・「いい試合」は別に、ニュースじゃない

から、記事にならないのです。

じゃあ、何がニュースになるのか、
といえば、代表的なものが事件です。

事件とは何か。

「世間が話題にするような出来事。問題となる出来事」
「訴訟事件の略」

です。(デジタル大辞泉より)

訴訟事件、についてはあまり関係がないので外しますが、
問題となる出来事、もしくは前出の「ニュース」の意味にあった、
「新しく一般にはまだ知られていないできごと」
であれば、ニュースになる。

タイトルマッチだったりして、ベルトが動いた、
となれば、事件もしくはニュースになるわけです。

だから多分、団体の側は
タイトルマッチに大切な試合をぶつけてきますし
タイトルマッチにつながる試合を大切にします。

もっと言えば
仕掛けのうまい団体さんとかは
きっと、大会そのものが「事件」であり
「(世間が話題にするような or 問題となる)出来事」となるような
取り組みを行ってくるのでしょう。
報道しなくてはいけない、という理由を
前もって作るわけです。

固い内容のタイトルマッチだけが掲載されていて
すごくいい試合のアンダーカードが
まったく報道されていなくて、がっかりした
という経験がある方には、
まずは、そういうことなのです。

そして、残念なことですが、
死亡事故や暴行事故などばかりが
報道されてしまうのも、この理由です。

普段、まっとうに試合が行われていて
まっとうにお客さんが楽しんでいる
というなら、それは良かったね ということであって、
べつに報道することではない のです。
少なくとも、それはニュース媒体や
速報性を重んじる媒体のすることでは
ないのです。

さて、
「いい試合」とはそもそもなんなのか、
について。

もしくは、それでも伝えたいと思った側の
苦肉の策、としてといったようなことも
書いてみたいのですが、

たいへん長くなりましたので、また今度書きます。


posted by ささきぃ at 02:12| 考えたいテーマ&連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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