2016年11月18日

フラワーズ・その2

書くことを自分の中で
なんとなく定義した後、ちょいちょいと
ツイッターなどで書き出してみたのですが

どうもね
キレが悪いというか
やっぱ離れていた分下手になっている。

なにより年取ったな
と。

もう40を過ぎまして
子どもの体力についていけない昼間と
その合間に見るツイッターとで
自分のおばちゃん度について考えてみたり
していたところ

雨宮まみさんの訃報を知りました。


私は直接雨宮さんを知らないし、
一方的にイベントには行ったことがありますが
お会いしたことはありません。

プロレスをご覧になっていたことについても
私は、取材の現場から離れた後だったみたいで、
ほぼ入れ違いのような形でした。
ただ、一緒にお仕事をされている方などは知っているので
会いたいと思えば会えたかもしれない存在でした。

(井田真木子さんの本のイベントは
 本当に行きたかった。行くべきだった。)

こっちが出産したり身も心も太くなってきたせいか
その繊細さにリンクできない部分もありましたが
文章はできる範囲で追いかけていました。

プロレスについて書かれている文章は
憧れの人をみる喜びとわくわくがこもっていて
こちらまでとても嬉しくなってしまった。

でも亡くなられてしまって。

悲しいと同時に
お悔やみの気持ちが自分の中でまとめられなくて
うっかりすると泣きそうになって。

きのうは一回子どもと一緒に寝たあと
夜中に目が覚めて
ツイッターや検索で
近い思いの人を探していました。

でも出てこないので眠りそこねて
それならと自分の中を掘ってみたところ
出てきた言葉は

不謹慎なようですが

なんだよそれ
そりゃないよ
そりゃないよ雨宮さん。

でした。

繊細で人の痛みに敏感な生き方をしていた雨宮さんが
40歳になったばかりで逝ってしまったことが
なんだかとてもやりきれない。

雨宮さんが傷ついたり考え過ぎたりしながらも
雨宮さんらしく40をすぎて50をすぎていく
そんな様が見てみたかった。
見られると思っていた。

雨宮さんが逝ってしまうのはナシだよと
神様に言うべきなら神様に言いたい。

それになんでこの日なんだよと。
里村選手の誕生日じゃないか。
いくらなんでも。
こっちがつらいよ。

生きているのは当たり前じゃないんだと
そんなことは
こんな形で知らされたかったわけではない。

ただただ残念で。

残念で残念でしょうがない。


残念がって、その後なんだか無性に腹が立って

ババアになるのも別に悪いことばかりじゃないよ
どうせ何か言う奴は若くてもババアでも何か言うんだよ。

そんな捨て台詞を。

図太く慌ただしく40歳を過ぎてしまった側から。

泣きながら。
posted by ささきぃ at 19:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする