2012年10月25日

もうすぐの途中経過

出産までもうすぐです。
体調はおかげさまで大変順調です。
実は最近まで逆子だったのですが、
間際になってぐるっと回ってくれました。
あとは「その日」を待つばかりでございます。

体調だけでなく、気持ちの面もひじょうに
落ち着いた日々を過ごしております。

なんというか、せかせかしているというか、
休むのが苦手というか、不安になるタイプなのに加えて
フリーのライター、その前は毎日更新の携帯サイト運営という
休んでいると不安になる仕事をしていたので
いまは非常に自分にとって貴重な時間になっています。

今は逆子、なおったので歩かないといけないんですけど
ちょい前は他の体調面からも動きすぎないように、
なんでも「ほどほどに」という、
これまた苦手なことをやっていました。

詰め込むことで自分を追い立てる快感ってありますよね。
それから離れてみると
ほう、こんな感じなのか、と。

子どもを持つ前に自分を振り返る時間がもてたのは
自分のところにやってきてくれた子どもをはじめとして
夫や周囲の人たちに感謝するばかりです。
おそらく、とんがっていた頃(いつだよ)と比較して
3倍くらいはゆったりした性格になっているはずの今の私。

見たいイベントとか試合とかも
もちろんあるのですが
いまは出歩いて何かあってもご迷惑をかけますので
物理的にものんびりゆったり、可動範囲の狭い日々を過ごしています。

こまかな近況としては
近々、ドコモを離れてiPhoneにする予定です。
番号は変わりませんが
携帯メールには多分さよならしちゃうはずです。
出産前後のバタバタのときに恐縮でございますが、
多分、gmailに一括してご連絡ください、というような
形式になる予定です。
もちろんその前には
あらためて個別にご連絡させていただきます。
とはいえこういう時期で先が読めないので
返信等がなかなか出来なかったりする場合があったら
ごめんなさいです。
名刺のアドレスのほか
ツイッターのDMやhotmailのアドレスもありますので
なんとか連絡ください。申し訳ないです。

HPも何気に産休仕様になりました。
(ここも一時おかしくなってたようで…すみませんでした)
とにかく元気です。

話は飛んでドラマの『大奥』、
有功と家光の話はいまのところ漫画の『大奥』の中で
いちばん好きなところなので、そういう面からも
たのしみに見ております。

正直見ようかどうしようか迷ったりもしたのですが
男の家光の役が、先日のゴッドタンのキス我慢で
神懸かり的にステキだった劇団ハイバイの岩井秀人氏と知って
あわてて録画予約しました。
出演場面はけして多く無かったですけど
予約してよかったです。

プロレスで言えば先日ようやく見た
4.24ゼロワンのフジタvs自演乙が非常に印象に
残りました。
4月は体調が悪く息も絶え絶えだったので
そのときには試合があったことも知らずにおりましたが
(すみません…)
最近流れた放映をうちのHDがいつのまにか録画していて
見る事ができました。

(おまかせ録画にしている我が家のHDは
 不思議な判断基準で私が好きそうな番組を録画しています)
(基準がいまいち分からない)

あれをいい試合だったと言っては趣味が悪いかもしれませんが
ハヤト選手の技術と聡明さが際だってました。
ホントにすごかった。そして残酷だった。
わたしはやっぱり本気の波の中でその人が見える瞬間が大好きです。

プロレスなめてるとかじゃないと思うし
(多分、プロレスなめてるという言葉よりも
 探せばもっと、ぴったりくる言葉があるはず)
それはハヤト選手も理解しているだろうし
自演乙選手ももちろん頭の良い人なので、理解しているだろうと
思うのですが、それでもうまれた歪みというか、
あえてハヤト選手も言っているだろうきつい言葉とか、
そんなこと言われたくないでしょうけど
互いの優しさと、とがった部分との若くて苦いぶつかりあいでした。

私がそう思っていても
なにも書かなかったら、ただの消化不良な試合として
消化されていったりする。

そういうときに見た側の責任のようなものを
感じたりします。
それは別に私だからではなく
どんな観客も手にできる見た側の重さとよろこびだと思います。
放り投げるのも自由という重さなのです。

橋本大地選手に佐々木義人選手が言った
「もっとお父さんの試合を観て勉強しろ」発言、
言われている大地選手はもちろんですけど、
あれは義人選手が言っているのがやっぱチクッとします。

書いておきたいなと思う文章や
書かなきゃと思う文章も
まだ残っていたりするので
たまたまプロレス話が続きましたがそれに限らずですが
書いておきたいです。
もちろんそれは今だけで無く
これからもずっと。

ライターとして今後どうなっていくかというのは
自分で決められることでもないので
わかりませんが、
書いていくこと、そのものは
変わらないと思います。
出産を経て私も変化したりして
このブログも何年かしたら
「アラフォー子育てママ・ササキーのHappy life(仮)」
というブログになっているかもしれませんが
私が書いていること
ということは変わらないはずです。
もし良かったらそのときも
読んでもらえたら、うれしいですし
あぁあのときのささきぃが
まだこんなふうに元気でやってたんだ、と感じてもらえたら、
さらにうれしいです。

ただ、何があったとしても
多分そのブログタイトルにはならないだろうとは
今の自分は思います。
かなり確信的に。
posted by ささきぃ at 12:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月20日

「仕事ハッケン伝」セカンドシーズン終了

NHKで放映されていた「仕事ハッケン伝」。
芸能人(お笑い芸人の比率高し)が
およそ1週間、企業の現場で働く という
番組でした。

全部見ていたわけじゃないんですけど
ワッキーが中華チェーンに入社、の
第一回を見て、おもしろいなと思ったのが
きっかけです。

一応、一般社員と同じ条件ということで
憧れていた職業の現場において
かなり厳しい目にあったりするのですが
ひとの仕事している姿を見るのが好きな私にとって
かなり好きな番組でした。

印象に残ってるのは
ピース又吉×ローソン の回と、
ザブングル加藤×雑誌編集者 の回、
あと、最初に見たワッキーの回です。

ピース又吉×ローソンの回は、わたし、正直ピース好きじゃなくて
(ピースがうわっと上がってきた状況を見て、漠然と
 そのあたりのコンビ芸人全般にいい印象がなかった)
又吉の本好きも信用なんねえとか思っていたんですけど、
あぁ、ちゃんと考える人なんだなと思った回です。

新商品のキャッチコピーを考えて「伝える」という回で、
自分の仕事もそうなんですが
アイディアって、ひらめきそのものも大事ですが
その対象について、どれだけ考えたかっていうことが
結果や向き合い方に出てくるので。

その「考える」ってことに対して、真剣になっている様子を
偉そうですけど、いいなと思いました。

ザブングル加藤×雑誌編集者の回は、
自分の経験した仕事でもあるので、
いやぁ痛い痛いとか思いながら見てました。

女子中学生向けの雑誌に飛び込んで、
若くてキツそうな(※褒め言葉です)編集者や
編集長にチクチク怒られながら仕事を覚えていく様を見て、
先輩目線と、新人目線の両方で
痛がりながら見てしまいました。
撮影現場の空気の作り方とか、見てていたたまれなくて。
女子中学生になかなか話しかけられない姿は、
まるで自分を見ているようで痛い。
でも、出来上がったページ見て、よかったねぇと。

ワッキー×中華チェーンの回
「スピード感のある中でしか、人は育たないと思う」
という、主任さんの言葉が
わたしの中に、とても深く残っています。

締め切りはとくにないよ、いつでもいいよ、
という中でじっくり何かやってみるよりも
あと1時間で全部やらなきゃいけない、どうするお前、
とか、
もう1分1秒でも早くやんなきゃダメだ、とか の
背中を押されてる中でどう動くか っていうほうが
自分を成長させてくれたりしてきたので、
言われてみれば、ほんとうにそうだなぁと。
ひじょうに現場の人らしい言葉だなぁと。

麒麟・川島×京都・庭師の回
録画しておいたのをさきほど観たんですが
「アメトーーク」とかでその性格や人となりを
よく知られている芸人さんだけに
与えられたミッションの大きさもあいまって
番組の集大成を想わせるような、壮大な回でした。
(番組HPの「飲みに行きたいなと思える人が、
 芸能界以外で出来たのは、僕の財産です。」
 という、ご本人のコメントが人となりと関わりの深さを思わせます)

ここに上げた回に限らず、ダメなところをさらして
苦労して、徹底的に付き合っていくので、なんか、
そっちの世界にハマっちゃって、
戻って来れなくなる芸能人が出てくるんじゃないかと
違う心配をしながら見ていました。

そっちの世界に行ったほうがいいんじゃないのかな
と思う人もいました。そういう意味では
危険な番組だったかもしれません。

とはいえ。
また観たいです。

回によってはNHKオンデマンドで、
まだ観られるみたいです。

NHKの番組HP「仕事ハッケン伝」
posted by ささきぃ at 16:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

嫌なことに押しつぶされなくてもいい

中学1年の時、同級生にイヤなあだ名をつけられて
はやし立てられたことがありました。
よくあることっちゃ、よくあることです。

友達もいたし、暴力的ないじめでもなかったので
負けずに毎日学校には通っておりましたが
ある日、ふと心が折れたのでした。

朝、学校に行きたくなくて、泣き出してしまいまして。

行きたくない、と泣く私から
強引に理由を聞き出した母は
そのあだ名を言っていた主犯格の男子3人の家に
電話して、親御さんを通じて
娘にそんなことをするのはやめてください、
と言ってくれました。

その上で私には「学校に行きなさい」と言いました。
母に連れられて学校に行って、
母は「こうした形で先方と話をして、解決は
したと思いますが、先生も見守っていて下さい」と
担任の先生に一言、言ってくれました。

私の母はもう亡くなりました。
私が大人になってからは
決して完璧とはいえない親子関係でしたが、
中学のときの一件を思い出すと、
母には頭が上がらないです。

ただ、それで完全にあだ名が
なくなったかというと、そうでもなく。
沈静化はしましたが、
言ってくる奴は言ってくる奴でいました。

学年が変わって、3年になってから
いまさらのように、そのあだ名で
呼んできたりする奴がでてきました。

直接呼ばれたら言い返したり無視したり
できますけど、そうじゃなくて、
コソコソ聞こえるか聞こえないかのレベルで
つぶやいて仲間うちで笑ってたり、
というやつです。

あだ名をつけられたこと自体は
私のほうにも原因があったことなんで
しょうがねぇかなとは思っていますし
こうして書いていても、我ながら
たいしたことじゃねぇよなと思ったりも
しますけど、
実際そういう目にあってみると
その当時はきついんですよね。

ただ、自分がそこで死んだりしたら
母親はなんで言ってくれなかったんだと
なるでしょうし、友達は驚くだろうし。

反抗期でもあったので変な感情ですけど、
その一件でやっぱり
うちの母親には借りがあると思ったのです。
娘のSOSに対して、子供の人間関係に首を突っ込んでまで
娘を守るということをしてくれた人に対して、
それ(自殺)は、やっちゃいかんだろう、と。

じゃあどうすればいいのか。
転校するほど家にお金があるとは思えないし。
学校に行かなくなるほどのことなのか。
ああもうイヤだなぁ と、
どうすれば問題解決になるのかで今度は悩み始めた。

そうしているうちにもあだ名はやまない。
クラスの女子の中には、そうした男子の笑いが
気になって、聞き出して一緒に笑ってる子もいて、
よけいにイヤだった。
(まぁ、取り入ってるんですよね、そっちに)

そうした時に自分の助けになったのは

「学校自体はあまりおもしろくなくても、
 それにうずもれてしまうことはない。」

という言葉でした。

いじめにあっていた女性の本にあった言葉で、
その女性は髪型から変なあだ名をつけられて
暴力的ないじめにもあったりしていたのですけど、
本を読むこと、そのなかで自分の世界をみつけていくことで
子供向けの図書室を作ったり
その中でのネットワークをひろげていくことで
その女性はしぜんと、その言葉に
たどりついていました。

本当にその通りだな
と思いました。

中学時代の私は、絵を描くことが好きで
月刊OUTとマイバースディを愛読しつつ
毎日お笑い番組を深夜まで見て、ラジオを聞いて
ぐふぐふ笑っているオタ女子でした。
東京進出したばかりのダウンタウンに夢中でしたよ。

そこだけ見たらのんきだったんですけど、
見る方向を変えたら、
同級生からのあだ名に苦しむ
キモめの女子でもありました。

違う方向からみればそうだからといって、
そっちに負けてしまう理由も必要もない。
苦しいことに負けることもできるけど、
楽しいことを選ぶこともできる。

もうひとつ救いになったのは

「時間が過ぎるのを待つ」

という言葉でした。
どんなに長くても、学生時代は一生じゃない、いつか終わる。
クラス替えがあれば1年、なくても3年で終わる。
夏休みと冬休みと春休みを減らせばもっと短い。

その間、他に楽しみを見つけるなり、
こまめに逃げるなりして、やりすごせばいい。

20年ぶりくらいに思い出して、
はじめて書きました。
自分にとっては、あだ名をつけられてたことは
もう、その程度のことに
なりました。

だけど、
忘れかけた頃の中学卒業時の色紙に
そのあだ名を書いてきた男子数人のことは
今でも本当に大嫌いだし、一生許さないと思います。
ここには書けないような言葉で呪いましたし
いまも思い出せば平気で呪えますね。
あー、一緒に笑ってた女子の顔も思いだすと腹立つ。

相手からしたら取るに足らないことかも
しれません。そのくらいでムキになんなよ
という話でしょう。
でも、やられた側にとってはそうじゃない。

そういうくだらないことで
余計な恨みは買わないほうがいいよ、
きみの輝かしい人生に汚点が残りますよ、
と、呪いながらも親切心で思います。

いじめに限らず、
いやなこと、どうにもならないことを
前にしたとき、
周囲の人のなにげない言葉や行動で
救われることはすごく多いです。

真っ黒に塗りつぶされたような
気持ちになっていたら、
すこしでも、その上に
楽しい色、明るい色を
重ねていってほしいと思います。

嫌なことに押しつぶされる必要はないです。
ほんとうに。

嫌なことに押しつぶされずに生き延びる、
そのことを体験として学ぶことができたら
その経験は一生役に立ちます。

以下、ネットでみかけていいなと思った物を貼っておきます。
もとはこれを紹介したくて書き始めた文章でした。


さかなクンのメッセージ
「広い海へ出てみよう」コチラ
http://www.asahi.com/edu/ijime/sakanakun.html

己のキャラ(※キャラではありませんね)に
さからわず、しかも沁みるメッセージ。
さかなクンさんカッコイイっす。


鴻上尚史さんのメッセージ
「死なないで、逃げて逃げて」コチラ
http://www.asahi.com/edu/ijime/kougami.html

さかなクンさんのメッセージよりも、さらに
緊急性が高く、しんどい思いをしている子へのもの。
いじめから堂々と逃げましょう。


この「いじめ対策」はすごい!
森口朗公式ブログコチラ
http://d.hatena.ne.jp/moriguchiakira/touch/20090520

ツイッターでみかけたものです。
教師の側からのいじめ対策。
よくある心構えではなく、
スキルとしてすぐに使えるのが
すばらしいなと思いました。
posted by ささきぃ at 13:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月15日

弘法も筆の誤り、的な

ツイッターでもリアルタイムに
ツイートしていたのですが

今日、乗ったバスの運転手さんが
道を間違えたのです。
路線バスで。

家の近くで、
曲がる一本前の道を曲がってしまわれて
「えっ」と思ったときに
同じバスに乗っていたおばあさんが
「ここじゃないんじゃないの」とツッコミを。

運転手さん、あわててバスを止めて
会社に電話してらっしゃいました。
報告義務とかがあるんですかね。

ぐるーーっと道を回ってUターンして
10分遅れぐらいで元のルートに
戻りました。

バスの中は妙な空気になってましたけど
あとから乗ってきた人は
単に道が混んでたとかで
遅れたんだと思うんだろうなぁ。

びっくりしましたよ。
間違えると思わないし。

過去、川崎で道を間違える運転手さんが
多発したらしく
間違えたあげく、行き先を勝手に変えて
運行を続けた方もいらしたそうです。

(リンク)このバスどこ行き?
経路間違え勝手に行き先表示変更 川崎市


機転がきくね。そうじゃない。

頼りにしてるから頼みますよ
という話です。

ちなみに、私は結果として遅刻したので
損害と言えば損害をこうむったのですが
理由を話したら、めったにない事だということで
笑って許していただけました。

いまはまぁ私も笑っていられるんですけど
乗っているときは
「この運転手が突然暴走しはじめたらどうしよう」
と思ったりして、ちょっと怖かったです。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

バレンタインデーでしたね

結婚しているので、プレゼントと一緒に
夫にあげました。
喜ばれましたが、あまり
甘い物が得意ではない夫なので
いささか儀礼的に食べています。

そんな感じです。
学生じゃありませんのでね。

きょうは仕事で秋葉原を通過したのですが
「チョコください」という
紙を持った男性二人組へ
男性がチョコをあげている様を
目撃しました。

寒かったしあげてもいいかな
とか思いますね。
なんか秋葉原は
そういうことがあっても
いい町ではありますね。

あと電気街側からエクスプレスの入り口側
(※ヨドバシakibaに抜ける道)にある
ショーケースみたいなやつ、
あれは結構目がいきますね。

ももクロのPVが流れていて
フィギュアも飾ってあったので
ついつい見てしまいました。
かわいらしかったです。
posted by ささきぃ at 23:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

2月になって今年の手帳について

クリエイターズダイアリーのことを
書きましたが、そのときもちょっと書いた
「持って書くのに適さない」
というのが気になって
2月になった今は置き手帳として使っています。

わたしの書いたブログを見て買った方
同じような思いをしてらしたらすみません!!
わたしもはじめて使ったので…!

どうせ持ち歩かないなら、と
体重と食事、その日の体調をメモして
時間軸の部分にはグラフを書いてみたところ
2週間の流れがひと目で分かって非常に
分かりやすかったので、
その使い方にしてしまってます。

というわけでまた使用頻度が増えているのが
能率手帳。

クリエイターズダイアリーと比較してみると
こんな感じです。

12021301.JPG

小さいので持ち歩きに適しています。
ただ、私のように大きいバッグを持ち歩く人の場合
ときおり、バッグの中で行方不明になるので
置き場所なり入れ場所なりを決めておくと
よいでしょう。

ノートや手帳はできるだけ大きいほうがいい
というのは基本のようなのですが
(私は学校で習った気がします)
(大きければ当然ですがたくさん書けるし、
 発想が広がるから、だったかな?)
小さいノートや手帳を埋めていくよろこび
というのもあるので
まぁ好き好きですよね。

能率手帳の普及版・赤を使うのは
これで3年目になるんですけど、
クリーム色の紙も構成も
すっかり慣れてしまいました。

最初に使い始めたときは
ほぼ日を卒業するタイミングで、
まぁ、一番売れている手帳なんだし
一番古くからある手帳なんだから
とりあえず使ってみようという気持ちでした。

見た目オシャレとは言いがたいですけど実用的。
安いしなぁ。

文具選びは実用性とオシャレさのせめぎあいです。
posted by ささきぃ at 23:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

「継続」の先へ

スポナビブログアップしましたー。
「ママさんファイター・NORIKOのボクシングライセンス」
です。
コチラです。

「殴る女たち」の中で
NORIKO選手の章には「継続」という
タイトルをつけさせていただいたのですが
まさに、その「継続」が
ひとつの形で認められたということなのかな
と思いました。

しんどいですよ続けることは。
でも続けるから力になるのであって。

自分で書いていて耳が痛いです。

続けてきた日々をじっくりと見れば
ささいな意地と葛藤の
繰り返しなのではないかと想像します。
その結果、そこから生まれて花開くもの
実を付けるものがある。

実を付けずに終わってしまうこともあるし
うまくいかないことだってあるから
見届けたときにとても嬉しいのです。
posted by ささきぃ at 23:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

日持ちするいい話

仕事がつまっていて
そしてもうひとつのブログのほうで
書きたいことがあって
煮詰まっています。ぐつぐつ。

こんなときにはさらりと書ける話 
だけどツイッターでも書いたお気に入りの話を

以前「愛は勝つ」でブレイクされたKANさんが
アルバム「ゆっくり風呂につかりたい。」を
出された後くらいにエッセイ本を出していらした
ことがありました。

そこの中に
東京から北海道へ向かう飛行機の機内のことが
書かれていました。

飛行機の中で眠ろうとしていたKANさんでしたが
機内アナウンスの女性が
「着陸」と「札幌」がまじって
「ちゃっぽろ」と言っていたのが気になって
結局眠れなかった、という話がありました。

よく雪まつりの時期にこの話を思い出して
そのたびにその響きがゆるくツボに入ってしまい
結果ずっと忘れられずにいます。

私が高校生くらいのときに読んだ本なので
だいぶ日持ちしているいい話です。

KANさんの「千歳」はすごく悲しい曲なのですが
その曲聞いてもこの話が浮かんできて困る。
かなしさだけに没頭したくても喜怒哀楽あっての人間。

雪まつり一度ちゃんと観に行きたいです。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

スマホになって振り返る

いま使っているケータイはdocomoの
スマホで MEDIAS WP です。

ガラケー(スライド式のiモード携帯)から
スマホ(スマートフォン)になって
いま8ヶ月くらいたちます。

スマートフォンが当たり前になると
サービスの抱き合わせという
これまで当たり前だったやり方が
ここでも通用しなくなってくるんだな と
いうようなことを、漠然と考えてます。

そして
スマホの普及によって
携帯コンテンツが受けた影響も
そろそろ出始めているころなのかな と思います。

私は自分が携帯コンテンツを
つくる側にいたこともあるし
フリーになってからも、携帯コンテンツには
だいぶ良くしていただいたので
(仕事をもらっていた、という意味)
スマホでiモードが見られなくなったときには
怒りを覚えました。

(私がdocomoユーザーなので
 また、サービスとして一番わかりやすい言葉なので
 iモードやdメニューといった
 言葉を使ってますが、全部のキャリアに
 共通した話をしてます)

日本独自のガラパゴスなシステムではあっても
テキストや情報にお金を払ってもらう、
という意味では
とても優れたシステムだったと思うし
なんか、作ってきた文化が
つぶされようとしていたように感じた。

携帯コンテンツというのが
キャリアあってのものだから仕方ないのかも
しれないけれど、なんか
あんまりじゃないかなと。

そんなガラパゴスなシステムのわりには
コンテンツが増えることで
約2000億の市場にさえなったから
iPhoneや他の携帯の進化が
遅れた、それも理解してない
わけじゃない。

(参考:日経トレンディネット

ただこの1年の携帯各社の対応は
どうだったのか。

そんなデカイ市場があるにもかかわらず
新しいスマホがどんどん発売されて
どんどん携帯を作るメーカーが赤字になっていき
iモードの市場も先行き不透明なまま
先細りになっていく という ように
私には見えた。

結局dメニューという形で
iモードメニューの一部は昨年秋から
遅ればせながらスマホでも配信されているけど、
すごいもったいないことになっていたんじゃ
ないのかなぁ、と、
いまあらためて感じます。

その結果コンテンツの制作側は
小さくないダメージをうけたと思うし、
ひいては書き手やクリエイターの側も
間接的にダメージをうけたと思う。

プロレス格闘技に関していえば
「格闘技・大相撲」のジャンルだけで
iモードの公式コンテンツが
20以上はあったはずです。

市場に対してあきらかに
多かったのもたしかなので
過渡期にはきていたのでしょう。

情報をみてもらうにはどうしたらいいか、
そして情報を出すことでお金にするには
どうしたらいいか。
それを考えなきゃいけない時代は
もうすでに来ていた、それも分かってる。

すでに情報を売るのは時代遅れ
なんて言われることもあるし
どっちにしろひとりひとりが考えなきゃいけなく
なったのには変わらないのですが、
もうちょっとうまく移行する方法も
あったんじゃないか とは思うのです。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

ブログの「次」と「前」

ブログを読んでいるときに
「次の記事」と「前の記事」で
迷うことがあります。

新しく見つけたブログを
読むときなどは
(これからインタビューする人とか)
古い日付のものから新しい日付へ
ざーーっと遡ってきて読むことが
多いんですけど、
そのときの「次の記事」「前の記事」の
意味するところが
ブログ各社、および
ブログの持ち主によって違うんですよね。

個人的には語感と言葉の意味からしても
「次の記事(=new)」
「前の記事(=old)」のように
思うのですが
そうじゃないんですよねー。

「前」が新しくて
「次」が古い記事、という
パターンもある。

アメブロとエキサイトブログ、
シーサーブログは
「前の記事(日付が新しい)」
「次の記事(日付が古い)」
ですね。

はてなの場合
上のまるきり逆で
「前の記事(古い日付へ)」
「次の記事(新しい日付へ)」。

この違いでいつも混乱するわけですよ。

ライブドアブログの場合
上の2つが両方ある。
(ユーザーが選べるのでしょうか)

スポナビブログも
「前(古い記事へ)」
「次(新しい記事へ)」。

ヤプログ!は
「NEXT(日付の古い記事へ)」
「BACK(日付の新しい記事へ)」

FC2ブログは
「NEXT(日付の古い記事へ)」
「PREV(日付の新しい記事へ)」

次、って言葉や「NEXT」で
日付の古いほうへ入っていくというのが
いまいち理解しきれないのですが
これはブログの先というか
奥へ進んでいく、という考え方なのかもしれません。

最近はこういう「前」「次」じゃなくて
記事名を表記してあるだけのものも増えてきた
ようです。

こういう部分はカスタムしようとすれば
できるのでしょうし
こだわる方は自分でブログを作ってしまうでしょうし
最初は、システムを作った方の
感覚ひとつだったんでしょう。

調べてみて
自分がいつまでも「次」と「前」のルールを
おぼられないバカ
というわけではないことが
わかったので、そこは安心しました。

わかりにくいな、とは思いますけれども。
携帯で見ているときなどは
とくにイライラします。

突っ込んで考えると「次」「前」の概念が
書き手、読み手、作り手それぞれに
違うから生まれてくる問題でも
あるのでしょう。

「次」が新しいのか
「前」のほうが新しいのか、という
感覚の問題だし、変更するのも
大変なんでしょうから
どれがどこに合わせるのが正解か という
統一見解を作るのは
難しいのかもしれませんが
いずれは統一してほしいなと思います。

わたしは正解が知りたいというよりも
混在していてわかりづらいよ
いつも間違えるのはルールを記憶できない
せいかと思っていたよ、ということを
伝えたいだけです。
正解があっても混在しています。

とりあえず、現状を記す意味でも
書いておきます。

ちょっと検索してみたら
過去にツイッターで討論している方たちがいた。
(トゥギャッターへのリンク

posted by ささきぃ at 22:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

ひとまずローマ字打ち進行中

仕事が忙しくなってきて、
親指シフト状態だとおいつかないので
ここ数日はローマ字入力に戻しています。

こういう切り替えが
入力スピードの進化を遅くさせて
いるのかもしれませんが
自分の進んでいる道が
正しいのかどうか引き返してみたい
という理由もあった。

しばらくずっと親指シフトだったので
母国語である日本語を
なぜローマ字で打つのだろうという
疑問はときおり頭によぎりつつも、
まぁ早い早い。

早いけど疲れも確かにある。
前に書いたようにリズムが快適なので
どんどん煽られて打ってしまうのですが
そうすることでよけいに疲れが加速。

家のマシンはMacで
使っているのは純正キーボードなわけですが
これのキータッチは打っていて快適なのだけど
一般的にはどうなのか?
そもそも疲れないキーボードってなんだろう
普通のキーボードとどう違うのだろう?
…と、調べたい気持ちはやまやまなのですが
そうしていると時間がまずいことになるので
仕事にもどります。
posted by ささきぃ at 23:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

残念な鍋敷きのはなし

今日は午後まで家にいる予定だったので
昨日の夕食の鍋の残りでキムチ雑炊を作ったのです
そこまでは大変良かったのです が

先日買ったばかりの
フェルトっぽい地のおしゃれ鍋敷きが!

熱で溶けて! 鍋に!

12012601.JPG

わかりにくいですけど土鍋の底。
赤い部分が鍋敷きです。

ていうか鍋敷きだけじゃなく鍋ももうダメじゃん。

テーブルも少しダメージをうけてしまい
きれいになるかどうか気が重い。

やはりコスパや安全性から考えても
最強の鍋敷きは
サンデーやジャンプやマガジンといった
週刊漫画雑誌なのでしょうか。
いつまでも雑誌ってのがなんかイヤで
買ったのになぁぁぁ。

そんな状態で精神的ダメージが大きく
また明日までの仕事もあるので
今日は以上です。

クイズ:
男性はなぜ事が起きてから
「いやな予感してたんだよなー」
と言うのでしょうか。

(答えは各家庭で)

posted by ささきぃ at 22:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

専門家に頼らない

昨日のブログで書いた

「プロレスや格闘技に限らず、肝心なことは全部専門家に頼りつつ、専門家であればあるほど損する時代なんだなぁとも思っています」

について書いてみます。

何か問題が起きるたびに
「専門家がきちっとやるべき」
「専門家同士でちゃんと話し合わないと」
みたいな形で話が終わるパターンを
ワイドショーやネット上の論争なんかでよく見て、

「そんなに都合よく専門家がいるものかなぁ」

と思ったことがきっかけです。

前に書いた精神科医の林公一さんの本
「それは、『うつ病』ではありません!」の中で
(その日のブログはコチラ

厳しい上司に叱責されたのがきっかけで悩み、
落ち込んでいる友達に対して
「繊細なあなたにとってはパワハラと同じ」
「うつ病かもしれないから、精神科を受診したほうがいいよ」
とアドバイスする友達の例に対して
触れられていたのですが

「悩みを解決するために相談に乗ってあげるのが友人じゃないか」

と、おっしゃっていたのです。

「外見上は正しい対応を促しているようですが、じつは
 友人としてのつとめを放棄して、医療に丸投げして
 いるのではないか。それもなんだか現代社会にマッチしている」

と続いていて、わぁ、よくそんな厳しいこと書くなぁ
とビクつきつつ、かっこいいなと思いつつで
さきに書いた自分の疑問「そんなに都合よく専門家がいるものかなぁ」
と、リンクしたのでした。

もちろん仕事としての責任は専門家であってもなくても
果たすべきだと思っていますし、そこを甘く見ようとか
考えるつもりはないですよ。

ただ何かあるとすぐ専門家の意見 で
そこに責任と安心を求めつつ、破綻があるとすぐ叩く。
その反面、専門家じゃない人は
「私は専門家じゃないから分からないけど・・・」って
前置きをしながら適当なことをさんざん言った上で
「専門家がきちっとやらないとダメ」と議論を投げる。

今はもう、専門家であることで受けるメリットより
デメリットのほうが大きくなっちゃってるんじゃないか。
あいまいな状態で「自分は専門家じゃない」としていたほうが
責任を求められずに楽なんじゃないか。

こんなんじゃちゃんとした専門家なんて
育ちようがないんじゃないの と思ったわけです。

かと思えば困ったときは「絆」ですしね。

林先生の本はこう続きます。

「人は、いろいろな義務を、専門家に丸投げするようになっている。
 親の介護、街の清潔、食の安全のチェック、電車内のマナーの注意、
 そして友人の悩み。
 専門家に任せるのがいちばん、という大義名分を掲げることで、
 自らが考え、動くことを放棄している。
 それともそれを『効率良く分業化された社会』と呼ぶのでしょうか。」

なんか困ったことが起きたときに
「専門家を育てないと」とか「専門家がやらないと」って
言うのは、とても便利で、前向きぽいので
私自身言いたくなるし
多分言ったこともあるのですが
その前に、それ専門家じゃないとほんとにダメなのか、
って問いただすことは、忘れないでいたいのです。

ほんとに専門家が必要だとしても
状況を把握して、どんな答えが欲しいのか、
なにが必要なのかの最短の道筋を考えるのは
素人でもできるし
そうするだけで改善することもたくさんあると思うのです。
posted by ささきぃ at 09:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

「なんちゃって」が得をする

スポナビブログ更新しました。
「テレビ向け格闘技を考える」です。
ガチ相撲から続いている(ように見える)
芸能人対決もの番組ブームについて
考えてみました。
コチラですー。

ブログの中で触れているガチ相撲ツイートのときには

・マッスルやハッスル全盛期の頃、プロレスって看板を堂々と掲げているよりも「なんちゃってプロレス」のほうがいろいろ自由で元気だなぁと思っていたのを、ガチ相撲とそれに対する反応に感じます。

とも ツイートしてました。

ハッスルがめちゃくちゃ盛り上がっていた頃、
マッスルも毎回面白くて
さらに学生プロレスの取材に行ったりもしていたので

「プロレス」って言い切って「本物」を
見せなきゃいけない団体のほうが
いろいろしんどそうだなぁとぼんやり思っていました。

新日本プロレスさえも一時期「WRESTLE LAND」をやってましたよね
(あぁ久しぶりに「WRESTLE LAND」って言葉を思い出しましたよ)。

プロレスがその後どうなっていったか、
そして格闘技はどうなっていくのがいいのか。

その日は

・プロレスや格闘技に限らず、肝心なことは全部専門家に頼りつつ、専門家であればあるほど損する時代なんだなぁとも思っています。

という、ぼやきみたいなことを
こっそり漏らしていたのに、いま気づいたので
これについては明日書きます。
posted by ささきぃ at 21:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

口コミが凶器になる時代

食べログのやらせ問題について、
夕方のニュースでも取り上げられてました。

ツイッターをやるくらい
ネットをかじっている人だったら
べつに驚きはしないニュースじゃないかと思います。

でもやらせ業者が39社ってのは
びっくりしたね。多いね。

口コミの声って重要なのは確かで
わたしも新しい電化製品を買うときとかは
価格.comを見たりしますし
アマゾンのレビューも読みます。
あと@コスメ(化粧品)も見ますね。

でも、口コミ自体が
上記のサイトのように
商売のツールとして成り立つほど
大きくなりすぎると
口コミを書く側も
まるで武器を持っているかのような
感覚に陥ってしまう危険が
あるようです。

言葉や意見が商売になるという言い方をすれば
口コミも上記のようなサイトをマスメディアとして
使ったマスコミだし、広告の一部でもあって、
そもそも意見としてわざわざ書かれているものは
なんらかの方向に読んだ側を誘導しようとしている
ものだと考えて間違いはない。

さらにそれが掲載され続けているわけですから
伝える側(サイト側)のなんらかの意図が
必ずかかっている。

だから信用しない、というより
その程度のものだと思って利用する
というつもりでいるのがいいのかなと思います。

ごく最近のことですが
冬場、お手入れをサボっていたために
お肌が急激に荒れたので、
ネットでしか売っていない化粧品が気になって
さくっと名前を入れて検索してみたところ、

google検索結果の30件目くらいまで、
@コスメ等の口コミサイト、本家サイトの他が
「個人で使って見た感想ブログ」で
埋まっていたことがありました。

全部、ブログの作り方はしっかりしているけど
文章はみょうに素人くさくて、
そのわりに写真うまいねみたいな、
よく対策してんなーと感心したけど、買うのはやめました。

もうしばらくやらせでもいいから
いい口コミをあげる、というような対策の仕方は
流行るかもしれないですけど、
今度はまた、名前のある人が
厳選して選んだ○○、的なガイドの存在が
求められるようになるんじゃないかな
と感じています。

商売のヒントとして言うなら
そういう時代のために今は準備するとき
でもあるんじゃないですかね。

ただ口コミの中でも
この人の言葉は信用してみたい
みたいな言葉が眠っているときが
たまにあるんですよね。

自分の名前を出さずに意見を言うってことが
心の叫びだった時代が
あったはずで、本来の口コミの力とは
きっとそういうところに
宿っていたんじゃないのかなぁ
と思います。

言葉の力というものを信じてみたくなる
瞬間でもあるのですが
それは私の甘さであり弱さ
なのかもしれません。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

このブログにたどりつくきっかけ

ブログの話を昨日したのでその関連で。

このブログ「日刊佐々木亜希(仮)」を
見て下さっている方の中には、
なにかしらの検索ワードでこられた方
というのも、けっこういらっしゃるようなのです。

中には、私がブログをやっていると
知らなかったけど、「雨宮まみ」さんのイベントに
ついて検索したら、私がブログを書いていた
と知ってビックリした というリアル知り合いの
方もいました。

検索ワードは
ときどき思い立ったように見てみるんですけど
毎日ほぼ必ずいらっしゃるのが
「神様に見捨てられた20日間」で
検索してこられる方です。

ひっでぇ漫画なんですけど
あまりにひどいので、読んだ人が憤りを感じて
検索し、たどりつかれるというケースのようです。
読んだ方が何かしらの満足を得てくださっていれば
いいのですが。
(その日のブログは→コチラ

漫画関連で言えば「尾崎南」さんでいらっしゃる方も必ず。
「ハチの子」とか「タクミとレイラ」とかも多い。
こちらは「NANA」ですね。わたしも知りたいですよ。
早く続き読みたいですね。その日のブログは→コチラ
(じっさいに「ハチの子」で検索したら
 ザザムシとか蜂の子とかも出てくるので要注意)

「殴るとストレス解消になる物」とかもいました。
そんな記事書いたっけか。
・・・クッションとかでいいんじゃないんですかね。
冬物の掛け布団を四つ折りにしたやつとかね。

文具では「能率手帳」と「メモローゼ」で
いらしてくださる方が多いみたいです。
今年の手帳について書いてないですね。書かないと。

たどりついてくださった方が
佐々木亜希というライターに興味を持ってもらえるといいな と
それはもちろん名前出している以上思っていますけど、
ほんのちょっとでも、プロレスや格闘技についての文も
読んで下さるとすごく嬉しいなぁとも思うんですね。

すぐにはたどりつかなくても
せめてまた次の機会に思い出してくれたりしたら
すてきだなぁと。

他のことでもね。

ほんとはもうちょっとジャンル区分けしたほうが
いいんでしょうね。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

seesaaブログにツイッターとfacebookのいいねボタンを埋める方法

昨日いろいろトライしてみて
結局とても簡単だったので一応方法を。

ツイッターやフェイスブックとの連動を
いろんなブログや記事で見かけるようになったので
どうやるのかなぁと思って方法を検索したところ
アドレスを作成して埋め込めばいい、と
出てきたので

最初はツイッターとフェイスブック両方から
アドレスを作成して埋め込んでみたりして
とても手間がかかっていたのですが、
seesaaブログの場合は

管理画面ログインから設定
ブログ設定の画面で
ブックマークにチェックを入れるだけでできました。

ちゃんとseesaaブログで検索したのですけども
その方法を書いて有るサイトは
ほとんどなかったので
常識なのかもしれませんが書き記しておきます。

posted by ささきぃ at 22:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

そう思うのはあなただけ(なのか?)

この10年でインターネットをやる人の数と
いうのは、すごい勢いで増えている というのは
もう当たり前のことなんでしょうけども
それについてまつわることを少し。

たとえば大きな大会があった後
ファンの人はどんなことを考えているのか
知りたいと考えた時、
数年前、多分2002年〜2005年くらいか、は
インターネットにあがっている意見というのが
ある程度参考になったのですが

最近はそれを以前と同じように
受け取っていてはいけないな
と感じています。

なにが違うかというと

以前なら
みんなが、いい試合だった いい試合だった
と言っている中で
「俺はそうでもなかった。○○なところが気になった」
という意見があったとしたら
なんとなく、そう思っている人は
その背後にそれなりの数、会場の数%はいるんだろうな
という実感があったのです。

これは多分
インターネットをやっている人が
プロレスや格闘技で言えば、お客さんのうちの
ほんの何割かに過ぎなくて
その何割かが、自分の意見を言葉に出来る人、また
ある程度(言い方に語弊がありますが)頭のいい人
だったから、じゃないかと思います。

でも最近は
「俺はそうでもなかった。○○なところが気になった」
という意見があったとしたら
思っているのは実はその人だけだった
というのが、実情になってきていないか?

と、感じ始めてきたのです。

それを感じだしたのは昨年の後半くらいから
でしょうか。

ツイッターで意見を募集
みたいなことをやっているプロモーションを
いろんなジャンルで見ましたが、
賛成にしても反対にしても、声をあげる人と
実際に参加している人の数が
あんまり変わらなかったりする様や

どうにもおかしいな という意見を見て
その騒動のなりゆきを見守っているうちに
どうもそんなことを言っているのは
ごくごく限られた人間だけだった という様を見て

あれれ

と思ってきたのがきっかけでした。

こういうこと思ってるのって、
この人だけなんじゃね? 

という疑問を持ったわけです。

それは残念なことだけど、以前ほど
ジャンルに対する集客が多くなくなってきてる
というのと
インターネットをやる、ということ
何かの事象に対して意見をネットで言うこと、に
対するハードルがおそろしく低くなったことの
両方があるのかなぁ と感じて居ます。

実際に観ている人の数が減少し
意見を言う人の数が多くなった
ということですかね。

と、書いていて
この感覚を感じることそのものが
古いのかな とも思い始めてきました。

私がインターネットをはじめたときは
掲示板のクリックひとつで
自分の意見が全世界が見る場所に載る
ということが非常に驚異でしたけども、
ツイッターで個人情報を書いちゃう
みたいな人たちの世代にとっては
見ている人の数=ほぼ友達
なんてことが、ごく当たり前になって
しまっているのかもしれません。

ネットで意見を発信できる人
というと、それこそ一昔前なら
ある程度書いている人のイメージが
特定できましたし、
ジャンルによっては下手をすれば誰が書いているかも
わかりそうなくらい世界も狭かったんですけども、
どうも今はそれが分かったとしてもあまり意味を持たないような、
そうした声を拾い上げてみたとしても
意見を聞いて欲しい人に耳を貸す、という
ごく当たり前のコミュニケーションが成り立ち
受け手の力が試されるだけで
そこから事象を読み解いたり次へ繋がるヒントを見つける
なんてことは期待できないのではないか、というようなことを

ぼんやり考えています。

じゃあどうやって事象を読み解いたり
次へ繋がるヒントを考えたりすればいいの
というと
もう必死で頭をひねって
トライ&エラーを繰り返して
コツコツ積み上げて行くしかない気がするんですよね。

数字を稼いで、有り体に言えば事件とか炎上とかで
一時的にヒーローになって知名度をあげる
そこの数字を利用して何かしらの仕事につなげる
という方法もあるでしょうが
私自身は、やっぱりそういう方法は
好きにはなれないだろうな、と思うからです。

posted by ささきぃ at 21:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

2012年元旦

あけましておめでとうございます。
ブログを読んで下さっている皆様にとって
幸多き1年となりますよう
心よりお祈り申し上げます。

昨年のことを振り返ろうとすると
どうしても地震とその被害のことを
考えてしまって、手が止まってしまいます。

それでも自分の仕事はやろう
書きたいことを書こう
そう思ってできる限りのことを
書いてきた1年でした。

ただなんだか不安定さが根本にあったためか
何してるんだかいまいち分かりづらい
バランスの悪い1年だったな と反省。

書くことに対して慎重になりすぎたかと思うと
書けなくならないようにと頑張って
ガシャガシャと書いてみたり
忙しくなってまた、ぱたりと止まってみたり
ブログの更新頻度から見ても
ムラのある1年でした。

力をかけるべきところ
そんなにかけなくてもいいところ
その判断はちゃんと出来ていたか? と
聞かれると、まったく自信がありません。

そういう自分に気付けたのが収穫だったかな
と、思います。

年末はいつのまにかやってきて
あっというまに去って行きました。

新年のさわやかさを感じてます。

2012年は、できることを続けます。

地味な目標になってしまいました。
とはいえ今年の大晦日には
今日よりも自分を誇らしく感じられるように
頑張ります。

今年もどうぞよろしく御願い致します。
posted by ささきぃ at 23:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

ずっと憧れだったあの人たち「深呼吸する惑星」感想

第三舞台の封印解除&解散公演「深呼吸する惑星」を見てきました。
ネタバレも含むと思うのでこれから見るという方にはオススメしません。

お芝居そのものの感想というより
私にとって第三舞台とはなんだったのか
というような話にもなってしまうと思いますが

ひとことで言えば
第三舞台は私の憧れでした。
見たかったけど見られない
そして理解したかったけど理解できない
多分、同世代でもなく
もっとも熱狂的だった時代を知らない私にとっては
きっと理解できずに終わるものだろう
というのが、私にとっての第三舞台でした。

高2のときに演劇部に入ってから
野田秀樹さんと鴻上尚史さんの本を
はしから全部読んでました。

お芝居そのものも見たかったけど
当時、第三舞台は「天使は瞳を閉じて」の後、
1年くらいお芝居やってなくて。

やってたとしても当時はなかなかチケット取れなかった。
(夢の遊眠社の解散公演チケット取れなくて泣いたなぁ)
ようやく見れたのが94年の「スナフキンの手紙」で。

はじめて見た第三舞台は、
なんだか打ちっ放しのコンクリートロフトに
座らされているような感覚がしました。

その頃はサンシャインボーイズが一番好きで、
惑星ピスタチオの勢いが好きで、キャラメルボックスの
お芝居も好きで、もっと言えば自分でも
友達と一緒に劇団をつくったりしていたので
(台本も書いたことがあります)
お芝居に対して、小娘なりに自分なりの
考え方が出来上がってしまっていたのでしょう。

他に見ていたもの、そして好みのものが
わかりやすいお芝居だったので
そして他が、第三舞台の影響を受けていたとしても
そこなりのアレンジ等が加わっていたから
他の「親切」が当たり前に感じて居たんだろうな
と今にしてみれば思いますし
憧れている期間が長く、神格化しすぎたきらいも
あったのではないかとも思われます。

翌年の「パレード旅団」も「リレイヤー3」も
見たけど、その冷たい感じというか
コンクリートのロフトに座っているような感じや
言いたい事は分かるんですけど、分かりません
だからといってなんなんでしょう
みたいな感じはいつ見ていても変わらなかったです。

今回は違いました。

私としては、ようやく
憧れていた第三舞台が見られた
という感じでした。

今回のパンフレットで
鴻上さんが角田光代さんと対談をしていて、
95年あたりを境にして
「1回見て分からない作品は失敗作だと思います 19歳」
みたいなアンケートがいっぱい出てきた、と
語っていらしたのですが、
書いた記憶はないけどそれ私だったらどうしよう
と思うくらい、その気持ちはすごいわかります。

鴻上さんは上のアンケートが来るような状況に対して
「世界が難解であることがむき出しになってしまったので
 せめて分かるものを手に入れたいということになったと思うのね」
と語っていらっしゃいましたが、それについては
分かるような気もしますし
震災以降というよりも
不況とかの影響もあるんじゃないですか
と感じもします。

お金払って見るものに対する
切実さが違うのか、それとも
生きづらさがより深くなってきて、
お金を払う娯楽に対して、退屈を埋めるものというより
生きる力を単純に求めるようになったのかもしれない。

私には第三舞台の良さは
分かるようで分かんなかったし、
すごい冷たく接されている感じがしていました。
それは作品のせいなのかどうか分からないけど
これまで見た作品からは全部
椅子はあるけど座布団がないような感覚を
受けてました。

今回は違ってました。

分かりやすかったのもそうですが、
ああなんか、サービスしてくれている
と思ったのです。

第三舞台が私に(観客に)サービスしてくれている。

それは10年ぶりだからなのか、最後だからなのか。

数は見ていなくても戯曲はたくさん読んだ、
ビデオも繰り返し見た。
だから随所に込められたネタのいくつかもわかる。

最後だからこうしてサービスしてくれてるのかな。
そんなことを思いながらのクライマックスで黄色い花が舞う中、

ずっと好きでした、

と思いました。

ほんとの理解者にはなれなくても、
ずっと好きでした。
ずっと憧れでした。

男優陣の皆さん年相応にすごいかっこよくて、
女優さんも年齢の重ね方がかっこよくて
その中でひとり客演の高橋一生さんホントにいい役者さんでした。

劇団旗揚げの前年、1980年生まれという若さで、
他の人に全然ひけをとってなかった。
臆せずにやりきるみたいなその姿に、
第三舞台が年を取っていることはどうしたって感じたし
また、私だって年を取っているんだということも思わされました。

お芝居の中にテーマはいくつもあって
自分ごとと引き比べて辛い気持ちになるものも
あったんだけれども、
そういうことの全部よりも
サービスされている、
っていうことが、私にはとても大きかったです。

ツイッターでも書いたけど
憧れていた人が最後にちょっとだけ振り返ってくれたような感覚。
だからこっちも「ずっと好きでした」って言いたくなった。
同時にもうこれで最後なんだって思った。

しんどい中でのちょっとしたサービス。
むしろそうしたほうが
自分の言いたいことがうまく伝わりやすくなったりもする。
それともただ単に最後だから?

すこし意地悪っていうか冷めた気持ちになれば
ずっと振り返ってくれなかったあなたが
どうして最後だけ振り返ってくれたんですか、
それは時代や環境があなたを変えたんですかっていう
言葉も出てくるんだけど、

それ以上に最後にもう一回逢えて嬉しかったから、
それでいいです。

思っていたよりも優しかったです。
posted by ささきぃ at 00:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする