2011年12月11日

右手のための姿勢

パソコンで仕事をするのが
当たり前となっている現代、
みなさまはどんな姿勢で
机に向かっていらっしゃいますか。

(アフィリエイト誘導ブログもしくは
 テレビショッピングみたいな書き出しに
 なりましたが、別におかしなリンクを張る
 つもりはないので気にしないでください)

キーボードとマウスと画面の位置関係については
去年、首を痛めたときに(ストレートネック)
いろいろ調べたのですが、

キーボードの位置はピアノを引くとき、
もしくはヒザの上に置くくらい低い位置が理想で
画面は目線の真っ直ぐ前が理想という。

とすると
普通の会社で当たり前になっている
事務机の上にパソコンとキーボード載っけて、
みたいな環境で、なんとか自分を労ろうとするなら
どうすればよいのか。

この場合は肘掛けなどで
ヒジの位置を固定すること、
あとマウスを持っているほうの肩(右肩)を
あまり前に出さないよう気をつけるのが
大事なようです。

このブログを書きながら
椅子を高くして、肘掛けの位置を
あげてみたところ、腕の痛みそのものは
やわらぎました。

でもそうすると今度座面が高くなるから目線が下がる。

こういうことを考えながらグーグルで検索して
工夫の糸口を探っていたりすると
あっというまに深夜になっていたりするので
注意が必要なのです。

いまのところは
モニターをやや高くすることで
首を痛めないように注意しています。

マウスについてはこの2年ほど
ずっとマジックマウスを使ってきていて
こういうものだと自分に言い聞かせながら
生きてきたのですが、
なにげなく使用した夫に
「なんだこれ!使いづれぇマウスだな!」
と一蹴されてしまい、ショックを受けました。

調べ物をしたり、文章を読み直したりするのは
楽でいいのですが、なんというか
マジックマウスは手首が疲れなくても手の甲が疲れます。

自分の健康にかかわることなので
マウスなどにお金をかけるのは
別にやぶさかじゃないのですが、
お店でちょっと試したくらいじゃ
わからないのがつらいところですよね・・・。

マウスで細かい作業をするわけじゃないので
最低限のことができて
右手に負担がかからなければ
それでいいので、
よい方法を探りつづけたいと思います。

最近は「左手マウス」という技も
少しずつマスターしてきました。
こういう持ち替えとかが簡単にできるのは
マジックマウスのいいところです。
posted by ささきぃ at 23:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

月をみる

22時頃に皆既月食をしばらく見て
仕事をして、お風呂に入る前に
もう一回ベランダに出たところ

あまりにも物音がしないので、本当に
住んでいるのか、無事なのかと
少し不安だったご近所さんが
ベランダに出て、タバコに火を付けながら
月を見上げていました。

あぁ、ちゃんと住んでらしゃるんだ
無事なんだ、と思えたので、よかったです。
posted by ささきぃ at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月09日

初タカラヅカ! 〜観に行って思ったこといろいろ

実際に行こうと思ったのは前々日くらいでした。
宝塚のHPからWebで席を予約して
窓口受け取りという流れで、
3500円のいちばん安い席を選びました。
席は東京宝塚劇場の一番後ろで、真ん中のブロック。
(予約時にわかるのがうれしいです)

会場は平日の昼間ということもあって
年配の方が多かったです。
男女比は9割が女性でした。
もっと女性多いかと思ってたので
けっこう男性がいるんだなと驚きでした。
奥さんに連れられてきた風の年配のご夫婦とか、
あと若い男性で普通に宝塚が好きそうな方とかも
いらっしゃいましたね。

観た感想は

「こんな面白いなら、もっと早くに観ておけばよかったな」

でした。

正直にそう思いました。

ひとつは、これまで観てきたお芝居の中に
『あぁ、あれって宝塚が元ネタだったんだな』
とか
『こういうのが伝統としてあるから、ああいうお芝居が出来たんだな』
と思わせるものがあったということを
なんとなく感じたのですね。

私の場合、宝塚だけじゃなく
ミュージカルもほとんど観た経験がなかったので
余計にでした。

もちろんというか何というか
36年間鍛えてきたツッコミ脳は
そう簡単に休んではくれないもので、

パンフレットのポーズを見ては
「キザっていうか、もはやこれは江頭2:50では・・・」
と感じましたし、
ショーのタイトルの『NICE GUY!!』に対しても
「ガイちゃうやん!みんな女の子やん!」
とも思いましたよ。
むしろ今も思っていますよ!

しかし、
ツッコミ脳が働けば働くほど
どんどん新たなものを求め始めていく。

なんじゃそれ!なんじゃそら!と思われてても、
多分、客席に座らせた時点で宝塚の勝ちなのですよね。

大根というか、オーバーなお芝居だなぁと思ったりしても
たいていその後に歌が入って
あぁよく伸びる声ですねと感心してしまったり、
かわいいねぇと思ったりしているうちに
ストーリーが佳境に入っていく。

ぼんやり見ていたはずなのに
オペラグラスをレンタルしなかったことを
後悔しはじめました。

そして完全フル回転してしまった
ツッコミ脳と己の好奇心に

「データが足りなさすぎる、もっと詳細を教えろ」

と、うながされる形で
休憩時間にはパンフ買ってましたね。
江頭かよとか思っていたはずのそれを。

長く続いていて、奥深い世界のものを
見た喜びが確かにありました。
もっともっと知りたいなとも感じました。
それは知識として、知ればこれは他に生きてくる
というのと、単純に面白そうだから
もっといろいろ見てみたいというのと両方。

プロレスや格闘技を好きになったときと
よく似ています。
やっぱあのときも、なんだこりゃと思いつつも
もっともっと知りたいと思ったんですよ。

きっと私はまた宝塚を観に行くと思います。
いや、行く。(言い切った)

全体を通して強く印象に残ったのは
なんというか
想像していた以上に男役さんは『男』の『役』なんだ
ということです。

もう少し、そこはかとなく見る側に思わせるもの
なのかなと思っていたんですよ。

違うんですね。完全にあの中では『男』の『役』でした。

もちろんあんな男性は世の中にはいませんが
いないにしても、宝塚の世界では『男』でした。
写真の撮り方にしてもインタビューにしても
男役さんに女を感じさせるようなものは表に出ていない。

だからというか余計に
女子格闘技や女子プロレスで感じる
選手への憧れとは少し違うかなぁ
と、なおさらに思いました。

そうすべきなのかどうなのか
私の中で答えは出ていませんが、
近年それに近いものが出来てたのは
Hikaru選手しかいなかった
と思われます。
(その彼女が結婚して辞めていったというのも
 また意味深い感じはします)

話を戻して宝塚の場合、
出ている相手を好きになった後のシステムも
まぁよくできている。
生写真やらその人のプロフィールが載っている本やら
グッズやら、相手にひとめ逢えるお茶会やら
女の子の片思いのために必要なものが全部ある。
(出待ちなんかは他のエンタテインメントでもありますが
 宝塚のそれは非常にシステマチックというか
 ルールがしっかりしています)

そしていつか退団という形でその片思いは実らず終わる。

どっちも悪くない形で必ず終わる。
片思いはずっときれいな思い出として残るわけです。

なんてうまくできているんでしょう。
イヤミとかじゃなくて本当に感心します。

見ている限りですと
宝塚の良い所をうまく取り入れたり
宝塚と比較して思考したりしていくのには
格闘技よりもプロレスがより向いていると思います。

とくに男役の退団については
プロレスと比較して書きたいのですが、
すごく長くなりそうなのでまた時を改めます。

最後に
宝塚ファンの方のブログとか掲示板を見ていたりすると
ストーリーと宝塚の組それぞれの状況を
重ね合わせて見ていたり
役者さんの組み替えの是非を激論していたりして
あぁ、こういうファン心理を
わたしは非常によく知っているなぁ
と、しみじみ思いました。
posted by ささきぃ at 23:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

初タカラヅカ〜観に行こうと思った理由

宝塚を観に行ってきました。
宙組公演『クラシコ・イタリアーノ』&
『NICE GUY!!〜その男、Yによる法則〜』です。

観に行こうと思ったきっかけはいくつかありまして
正直、高校生くらいから
「いつかは観に行こう」
「いちおう観ておかないとなぁ」
と思っていました。

最初にそう思った理由は
高校時代、演劇部だったからです。
勉強のためにも観ておかないと、と
目上の人から言われたこともありますし、
興味もなくはなかった。

ただチケットが取りづらいと聞いていたのと
お金に余裕がなかったので
(観たいお芝居はたくさんありましたし
 お芝居以外にも買いたい物があった)
後回しになっていました。

プロレスと格闘技が仕事になってからは
「みせもの」としての宝塚のジャンルに
興味があったので、
漠然と「観ておきたいなぁ」と思っていました。

そして女子の格闘技やプロレスを語るときに
宝塚、は比喩の言葉として
自分の身近に出てくるようになりました。

要するに

「もっと女の子のファンを増やすべき」

とか

「女性が憧れる存在になるべき」

とかいう会話の流れの中で

「例えて言うなら宝塚」

とか

「ある意味、宝塚的な〜・・・」

という言葉が出てくるわけです。

ただ、
そう言っている人の多くは

「女性が(かっこいい)同性に憧れる」
「それでいて、お客さんがたくさん入っている(らしい)」

ものの例として、“タカラヅカ”という言葉を使っているだけで、
じっさいに宝塚演劇を観たことがある人は
私の身近にはほとんどいなかったのです。

だとしたら、観ておきたい
と思いました。

私個人の印象では
宝塚の男役に憧れる女性の気持ちと
女子選手を応援する女性の気持ちは
違うように感じて居ましたが、
自分自身も宝塚は観ていなかったので
言語化することもできず、はがゆい感じもありました。

ただまぁ

「観ておかなきゃなぁ」

という義務感からくるものは、たいがい後回しに
なってしまうものです。

そこに楽しい視点からのきっかけをくれたのが
はるな檸檬さんの漫画「ZUCCA × ZUCA」でした。

宝塚にハマった“ヅカヲタ”のみなさんの
愛と煩悩にあふれた日常を綴った1ページ漫画です。

WEBの連載を最初に読んだときは

「対象が違っても、何かにハマった人たちの
 行動って近いものがあるんだなぁ」

と、わかるわかると思いつつ楽しく読んでいました。

そのうちだんだん元ネタが知りたくなってきた。
パロディとかを読んでるときによく抱く感情です。

そうこうしているうちに
「ZUCCA × ZUCA」だけじゃなくて
「ママはテンパリスト」やら
「ツレうつ」シリーズの細川貂々さんの漫画なんかにも
宝塚ネタが出てくるようになってきて、
宝塚を観ている人ってけっこういるのかな
と思い始めた。

そして「これは多分、私が好きになれる世界だろうな」
という気持ちもしてきたのです。

知らない世界をのぞき見るときって
わくわくしませんか。
奥が深い世界ならなおさら。

行く前のことを書いていたら
ながくなってしまいました。

じっさいに観に行った感想は
明日へ続きます。

◇追伸

サイゾーウーマンのはるな檸檬さんインタビューを
行く前日に読みました。コチラ

タイトルの

「能動的に夢にだまされたい!」

という一文を見て
あぁ、これはわかる、というか、
いいなぁ、と思いました。

と同時に「偏見が多い世界なので、自虐は描きたくなかった」
というのには、考えさせられましたです。

自虐やっちゃったら痛かっただろうし
よけいに偏見が深まるだろうから
そこはすごく気を遣ったんだろうなと。

じっさい読んでいると、出てくる人たちは
ヲタだけど(ヲタだから)すごいしあわせそうで、
だからこそ私も宝塚行ってみたいなと感じたのです。

おもしろい漫画ですよ。
宝塚を観ない人でも、オススメです。
単行本も2巻まで出ていますが
ひとまず、WEBからでも。

サイゾーウーマンのインタビュー

『ZUCCA × ZUCA』
posted by ささきぃ at 22:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

雨の島根から、宮島へ

法事というか、お墓参りで島根へ行っていました。
母の出身は東京なのですが、
父の田舎は島根なので、母はそこに眠っているのです。

10月、ブログには
書いていなかったのですが
親族だけで結婚式を行わせていただいていました。
(写真を撮って食事会、という程度の
 ごくごく小さなものです)
結婚した年はバタバタとしていましたし
不幸もあって、タイミングを
完全に逸していたわけです。
なので、先日書いた旅行というのも、いまさらながらの
新婚旅行でした。

父は心臓の手術をしたりして
式には出てもらうことが出来なかったので
その写真を渡すのと、お墓参りを兼ねての
短い帰省でした。

あいにく雨だったんですけど
母のいるお墓の前で
式の写真を見せて報告してきました。

父の住む家には仏壇もあるので
そっちにも見せたりして
あちこち報告してわけのわからない感じに
なりましたが、
あれから丸2年経つんだな、と
ふしぎな気持ちです。

島根から、広島へ行って
いちど見てみたかった宮島へ。
宮島に鹿がいることをはじめて知りました。

紅葉がきれいでした。
焼きガキもおいしかったです。

広島はK−1の取材で来たなぁ と
思い出してみたりしつつ。

かなしい歴史があるということも
もちろん理解していますが
広島は道がきれいで
住みやすそうないい街だなと思います。
つけめんもおいしかったです。

父がずっと喋りっぱなしだったので
いまの私は多分微妙に訛っています。
posted by ささきぃ at 10:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

戻りました

当たり前ですが、もう旅行からは帰ってきてます。
近場ですが、海外に行ってました。
旅行で感じたことなど書きたい気持ちもありますが
それはまたあらためて。

明日、というか日付変わって今日、
11月5日はバトラーツ解散興行。
スポナビブログ、書きました。
2本書いてます!
最後ですしね。

もう少し突き放して書きたかったんですが
やっぱりこういう全部書き尽くすみたいな
書き方しかできなかったです。

バカみたいなのは私の方です。
posted by ささきぃ at 00:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

旅行中

明日、28日から旅行に行ってきます。

1日には平常運転になっていますので
ご連絡はメールで頂ければ
戻り次第すみやかに対応します。

結婚以来、2泊以上の旅行してなかったので
のんびり遊ぶ旅、の予定です。

結婚以来というか2泊以上の旅行なんて
独身時代も仕事がからまない限り
数年していなかった、と書いていて思い出しました。

というわけで、いってきます。
posted by ささきぃ at 18:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

俺は逃げてないぞ!という心構えで

スポナビブログ「ときどきキックアウト」更新しました。
「長州力が語った総合格闘技」です。

先日のブログを書いているときに
ふと思い出した言葉でした。
あわせて読んで頂ければ
なによりです。
同じ言葉がでてくるので
アレですけど、
それはアレしてください。

スポナビブログのほうにも書きましたが、
この言葉を教えてくれたのはGKこと
金沢克彦さんです。
聞いたときから心のお気に入りフォルダに
入れていた言葉でした。

プロレスファンの方でしたらご存じの通り
独特の言語センスを持つ長州選手。
「俺の一生にも、一度くらい幸せな日があってもいいだろう」やら
「かませ犬」やら「同じコインの表と裏」やら
「カチ喰らわすぞ!」やら「またぐなよ!」やら
名言はたくさんありますけど、
私にとってはそれらに並ぶ名言のひとつです。

日常での応用の仕方としては
「お前の元彼女、結婚したらしいじゃん?」などと
突っ込まれたときとか
「また新人辞めたんだって?」と
仕事の大変さを聞かれたときなどに使うといいと思います。

なにそれ、と聞かれたら丁寧に解説してあげてください。
本気で流行るといいなと願っています。
posted by ささきぃ at 23:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

ビデオと言ってしまう機器の話

この夏、地デジ化とともに家に新しいテレビがやってきて、
さらにHDレコーダー(ブルーレイつき)もやってきました。

最近のHDレコーダーじゃ当たり前のことなんでしょうけども
単語登録をしておくと勝手にどんどん録画をしてくれるんですよね。
おどろきますね。

「お笑い」のジャンルで登録しておくと
HDが「これはお笑い」と判断したものをジャンジャン
撮っておいてくれます。

家で食事をするときはテレビを見ていることが多いのですが
それまでは、その時々でやっている番組を
適当に見ていたものが
録画されているとなると、やっぱり見たいものを
選んで見るようになっていく。

その後、お笑いのほか「プロレス」の単語と
「お笑い」だけだと録画に結構モレというかムラがあるので
好きな芸人さんの名前を単語登録して
「ゴッドタン」とか「アメトーーク」とかの
見逃したくない番組を登録。

そうしたらもう一週間はあっという間に過ぎる。

この数年、ろくに地上波のバラエティを
見ない時代があったので、ここに来て
テレビっておもしろいなぁ と、本当に普通に思ったりします。

M−1は好きで見逃さないようにしてたけど、
他のバラエティはそんなに見ていなかったしなぁ。
多分こんなにバラエティ番組を見ているのは
中学生以来ではないでしょうか。

わたくし中学に入ったくらいの頃が一番
お笑い大好きだったので、ダウンタウンとB21と
ウッチャンナンチャンが出ている番組を全部録画して見ていたのです。

ちょうどダウンタウンが東京進出をしようとしているときだったので
どんどん自分たちを認めさせていく様を
すげぇな と思って見てました。

多分そこでお笑い好きの土台みたいなものが出来たのでは
ないかと思います。

その後、好きになった芸人さんが出来れば
ときどきライブに行ったりはしていました。
一年前、東京03の豊本さんとサムライの番組で棚ぼた的に
同席させて頂いた後、すごい久しぶりに
お笑いライブに行かせていただいたのですが
おもしろかったなぁぁ。

そして、上記のような形で
単語登録をして、その番組を見ていると
見る番組見る番組あちこちで
アンジャッシュの児島さんがイライラしている。
(そしてバナナマンの設楽さんがそのたびに・・)

「ゴットタン」のアンジャッシュ児島マジギライあたりから
感じていましたが
あの人いまめちゃくちゃおもしろいですね。

何がおもしろいのかと言ったら
周囲の人がおもしろいのかもしれないけど
いろいろ含めておもしろい。

というタイミングで次のアメトーークが
「児島あそび」だと知って
本当にいまブレイク中なのだなという気持ちと
楽しみな気持ちでいっぱいです。

それにしても
リアルタイムで番組を見なくなると
CMを飛ばすのが当たり前になってくるのと
さっき書いた、自分の選んだ番組しか見ない
という傾向が加熱してきます。

インターネットもそういうメディアですけど
テレビもこういう形でレコーダー使い始めるとおんなじような
使い方になってしまいますね。

なんか、選んだ番組しか見ないってのもどうかなと気になって
ときどきわざわざリアルタイムで見たり
BGM的に見るときにはできるだけオンタイムで見たり
するようにしてみたりしています。

ツイッターやっていると実況で見ている人と会話できたりしてうれしいですね。
録画だとそれができないのがさみしかったりする。
posted by ささきぃ at 01:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

どこか欠けているからこそのあなた

このブログだけを見ると
もうあっさり更新止めやがったか
と感じられるでしょうが、
この間はスポナビブログで
長めの文章を書いていたんですよ。

「女王・辻結花の復帰戦に寄せて 秒針 - a second hand -」

「AACC・富田里奈選手の復帰」

なのでよろしかったら
そちらも見て下さいね。

さて

数日前に書いたブログ
「最後まで正論を吐いているための方法について」
に、いくつか感想等いただいて
ありがたい限りです。

追記というほどではないですが以下ちょっと続きを。

結婚しても子供がいても
いわば「何かを持って」も
ずっと変わらずに持論を曲げずにいることは
可能ではありますが、
その簡単な方法が
自分の信者と結婚することだと思います。

信者がそばにいる人の言葉は強いですしね。

昔の日本の家庭というのは
それに近いものだったんじゃないかな
と思ったりします。

頑固な年配の男性をあやつるには
教祖みたいにしちゃうことが
一番簡単だったりもしますし
(その方に魅力があれば、です)
いまでもワンマン型の会社とかで
よく似た形のものを見ます。

それは信者の側が
信者である限りは
うまくいったりしますが、
教祖の側の頑張り次第に
かかってくる関係であるのは
間違いないですし、
信者の側に自我がめざめてきたら
わりとすぐに壊れたり、ぎくしゃくしたり
していますね。

信者と教祖のようであっても
教祖側の人が
自分は身の回りのことはなんにもできないんだ、
と理解している場合、
そこを補う奥さんなり周りの人なり という形で
それはそれでうまくいっている関係というのも
よく見ます。

そういう形でガッチリくっついた関係は
かなり強固だなと感じます。
役割分担という点からも
どっちも相手の大事なところを掴んでいるという
点からも、ある意味それは理想の夫婦関係なり
主従関係なのかなと思います。

欠けたところを補い合う、という言い方もできる。

ひとりでいることを目的化すると
欠けたところをどんどん埋めていく作業に
なっていくので
その結果、どんどん人と繋がりにくく
なっていったりもします。

ちょっとバランスが崩れている人のほうが
異性を惹きつけやすいというような話です。

だけど、欠けているところがあるといっても
「それ、私まるっきりダメなのよ〜」
っていう感じで、理解を放棄しているふうだと
まったく魅力にはならないのは
どうしてなんでしょうね。

こっちの感情を煽るっていう点では
魅力と言うか、
とんがった部分のひとつなんですかね。
逆効果だけど。
posted by ささきぃ at 10:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月05日

やっとの思いで

スマートフォンにキーボードを接続して
よしこれで外にいても長いメールに
対応したりできるぞ と思ったら
キーボードが初期不良でした。

そういうこともある。

気を取り直して、今日読んだ本はこれでした。

「それは『うつ病』ではありません!」林公一
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自称うつ病の困った人たち(身も蓋もない言い方)の
実例と、本当のうつ病の違いについて
触れられている本です。

自殺で亡くなる方が年に3万人を超えていて、
交通事故で亡くなる方よりも多いというのは
知ってはいたことですが、やっぱり怖い話ですし
さらに抗うつ薬の売り上げがここ8年で
5倍以上に増えているということに触れられていたりと、
現場で働く精神科のお医者さんの言葉に
そうしたデータが加わることで
重みが増しています。

メンタルヘルスについての本は
この本のほか「擬態うつ病」を書いたりも
されている林公一医師、
対人関係療法の第一人者である水島広子さんの本、
あとお手玉をうつ病治療に活かしている
中原和彦医師の本が
興味深かったです。

本当に落ちてるときというのは
こういう本を読む余裕もないので、
元気なうちに知識はチャージしておきたいものです。

いずれまた書くと思いますが今日は
キーボードのショックも大きいのでそんな感じで。
posted by ささきぃ at 23:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

いくら更新頻度が落ちているとはいえ

一回も更新しなかった月は
さすがにこれまでなかったですね。

8月は何をしていたんでしょう。

仕事にかかりきりで
プロレスの会場にもあまり行かなかったので
(G1にも!火祭りにも!!
 IGFにもALL TOGETHERにも)
でもGirls S-CUPは行けました。
神村vsハム・ソヒすごかったっす。
UFCはWOWOWで見ました。
岡見選手残念でした。
ライト級のピアソンvsバルボーザの
スピードにびびりました。

ツイッターも以前ほどは書いていませんが
ブログを書くということを
忘れてしまわないようにします。
というか、もっと書かなくちゃなりません。

編集のお手伝いをしたり打ち合わせに行ったり
携帯コンテンツの仕事をしたりしていました。
生きていますし元気です。

やっぱりある程度
書くって言う事をノルマにしないと
書くって出来ないものですね(言い訳か)。

だからと言うわけじゃないけど
雑誌って物書きを食べさせていくには
文章(作品)を定期的に書かせる(描かせる)には
そして、売れっ子の方の陰で
新人を育成していくには
よくできたシステムでもあるのだなと
思ったりもします。

この1〜2ヶ月で変化した大きな点

・スマートフォンを買いました
・家のテレビが地デジになりました
・接続がうまくいかず、そしてWOWOWに
入りたくなり、ついでにとスカパーHDやe2について
調べていたところ分かりづらく挫折して、
いま現在家でサムライが見れていません

また改めて書きますけど
スマートフォン(docomoです)にして
iモードのサイトが見られなったことに加え
一時的にでもサムライが見られなくなると、かなり
プロレスや格闘技の情報や接する機会そのものが
減るのだと感じました。自分の場合ではありますが。

上記のこと含め
書きたいことはメモったりしてましたけど
それはまた、明日以降。
posted by ささきぃ at 23:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

職人的な生き方がしづらい時代

昨日書いたことからつらつらと考えていったことなのですが

年を取ったというだけじゃなく
世の中の状況も先がみえないので
ゼロか10かで判断してしまうのは
とてもリスクが高いようにも感じています。

そうでなくとも
この先、何かひとつの生き方や
何かひとつの職業だけを
愚直に貫いていく という生き方は
残念なことに絶滅してしまうのかな と予想しています。

いや、私だって出来れば
書くことだけに集中して
自分、これしか出来ないっすから と言ってみるような
そういう生き方がしてみたいですし
そういう生き方が残っていくような
世の中であってほしいのですが

これまで、そういう生き方をしてきた
腕は確かだけど不器用な職人さんは
じゃあ、具体的にどう生活していたのだろう
と考えたときに
その側には、周囲に気遣い、仕事に打ち込めるようにさせてきた
「かみさん」の存在が
いたんじゃないか、とふと気づいたのですね。

職人さんがいい腕を持っていたり弟子を持っていたりして
組織がある程度の大きさになっていれば
トップを補佐して下をうまく取り仕切っていた
「番頭さん」や
「かみさん」でありながら専務的な
「おかみさん」の役目をしていた方とかもおそらくいたでしょう。

現代にまだ残っている職人さんたちにも
おそらく長いことお世話している周囲の人やら
会社組織にして維持していくことを考えた
営業さんやらがいるのではないか。

日本はもう
そういう存在を新しく育てる土壌を
なくしてしまったんじゃないかな と
感じるのです。

そういう存在を評価する余裕も
なくなってきていますよね。

そういう存在が感じてきたやりがいは
むしろ女性も働いたほうがいいとか、
お金になる仕事をするべきとかいう考え方があるし
そうやって職人を支えることによって
ちょっとおいしい思いをしたり、ひそかに与えられていた報酬も
クリアにして公平にすることが良しとされる現状ですから
もう、そうした存在が今後あらたに
現れることもない気がする。

だとしたら現代の職人さんは
自分でその役目を
兼任するしかないのではないか。

もしくはビジネスとして割り切って任せるとか。
そうするとしたらもう
会社単位じゃないと
職人は育てられないし
食べていくこともまたできないのではないか。

それでも職人の形に固執するとしたら
周囲の人の好意にのっかったり
パートナーに甘えていくなりして
無償の奉仕をさせることになっていってしまう。

身の回りの世話をみてあげたりすることって
いわゆる奥さんがやるものだと自然と思われていたりしますが、
現代の職人さんに奥さんを食わせる力があるのかなと。
まして周りの人を。

「なあなあ」でやっていくことや
人に支えられているとか世話をされていると自覚することは
うっとうしかったから離れたかったけれど
それが職人的な世界を支えてきたことも事実だった。

高いけどいい仕事をする縁のある者を切って
安いところに発注する なんていうのが
ごく当たり前となってきていますから
逆に自分たちもそうして
切られていってしまうのは当たり前で、
それを選んできたからには、
職人は価格に見合う腕と、それを知ってもらう努力によって
食べていくしかない。

これから職人的な生き方をしていくとしたら
身の回りのことができる ということに加えて
ある程度のセルフプロデュースなり
ある程度の営業的関わりが
できるようにならなかったら
多分、職人さんであることも
自分の好きなことで
ある程度お金を得ることも難しくなっていくのでしょう。

もちろんお金もらわないんだったら
もしくは本業にしないんだったら
周囲のことに構わず好きなことを突き詰めていて
全然いいと思いますよ。
「職人」として
お金をもらうのなら、という話。

もちろんすごく才能がある人ならどこにいても
自然とそれをお金にしようとする人や
お世話しようとする人が現れるだろうけど
価値観が広がり過ぎちゃった今では
なかなか見つけてもらうのは難しい。

「見つける」といえば
検索サイトのgoogleだって
職人として貫いてしまえば
検索の精度をアップしていけばいいんだろうけど
広告を取るだけじゃなく
アンドロイドOSまで作る時代。

そういう時代に
私はいったい何ができるのだろう。

さきのgoogleの例で言えば
組織じゃなく個人であっても
例えばライターであれば
編集をやるとかカメラも兼任する くらいのことは
いまのところもう驚くようなことじゃなくなってますが、
さらに、自分が書く場所を残していくための
媒体を作るとか、新しい電子書籍の端末から作っちゃう
なんていうレベルから考えなくてはいけないのかもしれません。

プロレスや格闘技の選手であれば
道場をやるとか指導をするということだけに留まらず
自分が戦うための場所(=大会)を自分たちで運営する
なんていう事も、
おそらくはごくごく当たり前となっていくのではないでしょうか。

しんどいかもしれませんけど
多分それも時の流れとともに
どこかで自分たちが選んできた結果なのかなとも思います。

逆に考えれば
頑張ったりお金の面がある程度どうにかなれば
好きな事をずっと続けていけるということ
でもあるので。

自分が納得できるように。
posted by ささきぃ at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

真っ白でも真っ黒でもなく

♪ 白か黒しか この世には
  ないと思っていたよ
  誰よりも早く いい席で
  いい景色が 見たかったんだ ♪

(真心ブラザーズ「マイ・バック・ページ」)


例えて言うなら「大好き!」じゃなかったら
あとはもう全部「いらない!」みたいな、
以前の私はそういう極端な志向だったように思います。

でもそれが少し変わってきたかなと感じ始めています。
年を取ったということなのでしょうか。

何かをやろうとするときも
無理をしてでも全部やって、あちこち取りこぼして、
それでもなんとかやりとげる
みたいなやり方をしていたのが

今日ひとつ、明日もうひとつ
みたいなやり方があるのだね
ということに、ようやく気づき出した。

年を取ったということなのでしょうか(2度目)。

そうかもしれないけど
でもそれは体力がなくなったとか
勢いがなくなったということだけじゃなくて

やるんならいっぺんにやらないとダメなんだ
と思い込みすぎて
何も変わらずに過ぎてしまった年月を振り返って
ぞっとする というような
経験があるからこそ
ゼロか10か、白黒はっきりつけなきゃ という
思考のおそろしさを感じ始めてきました。

もちろん
自分にできることと
できないこと
本当はやりたくないこと
そういうものも見えてきた。

全部は変えられなくても
一部を変えてみるだけで
救われることもある。


♪ あぁ あの頃の僕より
  いまのほうが ずっと若いさ ♪

(真心ブラザーズ「マイ・バック・ページ」)


そんなふうに私には言えないけれど
薄いグレーとか
濃いグレーとかの良さは
以前より、分かるようになった。
posted by ささきぃ at 01:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

ブシロードレスリングでした

原稿を書かなくてはなりませんので簡単に。

よく盛り上がってました。
やっぱりお客さんの反応があると
選手の皆さんも弾みがつくというか、
イキイキ度が高かったように感じました。

男色ディーノ選手が十分すぎるほどに
客席をあたためてくださっていました。

中西選手がわかりづらくノリノリでしたね。
相手の柿本選手からしたら
大変な迷惑だったかもしれません。

反応がよくていいお客さんだなと思っていたら
ミルキィホームズのライブ時、
サイリューム振って歓声あげて
歌にあわせてコールをする姿を見て
あわーこの人たちの本気はこんなにすごいのか
と、お客さんを見て驚きました。

プロレスや格闘技のお客さんって
元気な人たちだと思っていましたけど
全然比較にならなかったです。

というか、その姿を見ていて
ライブというのは、見に来る人が発散しにくる場所でもある
ということを思い出しました。

プロレスも格闘技も
見に来た人たちを、会場の中を
非日常にするという工夫をすべきなのかもしれない。

見て語る というのが楽しみ方になっているように
感じていたのですが、
見に来てワーッと楽しむ場所であってもいいのだろうと。
プロレスはとくにそうであろう と。

もちろん見て語るというスタイルも間違いじゃないし
お金払ってきている以上、どんな楽しみ方を
していても構わないのですが
あれだけ元気というか、よく反応するお客さんと
それに呼応してノリノリになっていく選手を見たら
ちょっとぐらつかされました。

ずっと記者として見ていたから
お客さんとして行くときでも、ついつい観察するような
目線で見てしまっていたから
ちょっとそういうことを忘れていたかなと思いました。

自演乙選手、おつかれさまでした。
すごいプロレス好きでいてくれてたんだなぁ
と思いました。

たぶんプロレスごっこ的なものは経験があるんでしょうね。
あと、好きで見ていた期間がある人というのは
やっぱり準備期間短くても
取り組む上で全然違うなと感じました。

ざっとした感想ですが、とりいそぎ。
posted by ささきぃ at 23:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

時間は平等

24日は「ROLL FES IV」へ行ってきました。
そのときの様子はスポナビブログに書いています。

辻結花選手、SACHI選手といった
闇愚羅所属の選手が
大阪からいらっしゃっていました。

おふたりとも去年は怪我をされていたので
セミナーで元気にスピーディーな動きを
披露されている様をみると
時間っていうのは不思議なものだなぁ
と感じます。

この日はEdge選手や岡田円選手もいらしてました。
おふたりともこの1年以上
試合から遠ざかっていたので、
同じことを感じてしまう。

プロレスや格闘技を見る醍醐味のひとつは
ひとが変わっていく様を見られるところだと思います。

怪我をしたり治ったり強くなったり
観客を続けていれば、必ずそうした
人間の変化を見届けることができる。

当たり前のことですが
時間は誰にでも平等に同じように流れているわけで、
他の人がそうして過ごして来た時間で
私は何をしてきただろう?
とも、自然と考えさせられる。

何かやらなきゃ誰にも会えない。

そんな大黒摩季の歌詞を思い出したりもします。
posted by ささきぃ at 04:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

未消化のことばたち

震災の直後のツイッターは、とりあえず自分の知っている人たちが
みんな無事だと分かったので、あれほど有り難いものもなかったのですが
その後は、ちょうど自分の体調のひどさもピークだったこともあって
見ていてしんどかったです。

聞き流す、読み流す、ということが私はどうもできない性質で
目に入ったものは全部真正面から読んでいるのですけど、
震災の後は、ツイッターやネットをやってても
テレビ見てても、圧倒的に具合が悪くなりました。

ブログはある程度、自分の意見として自分の言葉で
消化されたものが書かれているわけですが
ツイッターって人の言葉を「RT」して
自分もそれに共感しているとか
これ読んで、という形でザクザク流れてくるので、
そして時期が時期だけに、それらの言葉ひとつひとつが
衝撃的だったり怒りや憤りがこもっていたりしました。

ツイッターはじめた頃から、いきなり重たい言葉が
流れてきたりするのが本当にいやだったんですけど、
余計にいやになりました。

知った情報を伝えたいという気持ちは分かりますし
そして本当に知らなきゃいけないことも入っているのも
分かりますが、インフルエンザで心身ともに
非常に弱っていたときだったんで、ものすごくつらかったです。

元気になってからは
休んでいた分の仕事をいっきに片付けなくては
ならなかったので、それはそれでつらかったです...。

私は震災の被害を現時点ではほとんど受けていないし、
ずっと関東在住なので生まれてからこれまで
ほとんど自然災害の被害を受けていません。

被害にあっていない、という罪悪感も大きいです。

それなのに福島の人が、関東の電気のために作られた原発で
住んでいる街が大変なことになってしまっている。
福島の方の関東への怒りが感情的に書かれた文章を読んだときと、
関東人は自粛していないで経済を回せ、という文章を読んだときが
いちばんきつかったです。

のうのうと生きてる関東人め みたいな敵意を
そこから勝手に感じたんですね。

もちろんそれは受け止めなくてはいけない事実なのだけど
すごくきつかった。

感情的な物言いや敵意については、普段ならある程度ガードして
ダイレクトに一撃をくらわないようにしていますし
どんなときでも理不尽なことを言われたら
怒るくらいの元気はある のですが
たいした被害をおっていなくても
震災が起きたことのショックと現状に対する気持ちで
自分なりにギリギリだったのだと思います。
弱っていたんですね。

あ、もうダメだ

と思いました。
そんなこと言われたらもう一歩も歩けない。
というか、怖い。

停電がいつあるか分からなくて
仕事が思うようにすすまなかったり
関東の人も西へ向かったりしている中で
この先の状況がみえない中で
不安にならないわけがない。
これ以上、何したらいいのかわからない。

ダメだ。

そこからはささいな言葉が全部ひっかかるようになりました。
なにげない言葉が引っかかって気になってしょうがない。

最初のうちは、事実を知らなければならない という気で居たのです。
でも、これ以上こういう刺激を受けてたら
確実におかしくなるなと感じました。

そこからは逃げるように情報を遮断していたんですが

スピッツの草野マサムネ氏が
ストレス障害となってしまったニュースを知って、

そうか、直接震災の被害にあっていなくても
そういうことになりえるんだ、と思った。

自分ひとりがダメだったからじゃないんだ とも思えた。
と同時に、これは本当に気をつけなくてはダメだ、
人からなんて言われても、本気で自分を守ろう、
少なくとも今は、と思った。

それを知ってから、少し自分とニュースの付き合い方を
考えるようになりました。

と同時に、どうしてテレビとかネット見てて
こんなに苦しいんだろう
と考えて、その感じはどういう感じなのだろう
と自分なりに探っているうちに、
なんというか、未消化なまま
こっちに言葉が流れてきている感じがきついのだ
と、自分なりに思いました。

例えば、私は人の愚痴を聞いているのは
まったく苦にならないんですが、
その人が自分を正当化しようとしている話を聞くのは
ものすごくきつい。

愚痴は、ネガティブな反応でもその人の気持ちであって
言いたいことそのものなので、
けっこう平気なのです。
でも、事実を話しているふうでいて
実は言いたいことが別にあったり
どう考えても平気じゃないのに平気なふりされたりすると
何が言いたいんだろう?
と思う。

ほんとうにそう思って言ってんのかな、とか、
自分の言葉でちゃんと言ってくれればいいのにな、とか。

そんなときと似た感情を、ずっと抱いています。

報道の裏を読む、メディアは真実を伝えていない
という物の見方は、普段は嫌いなのですが
まぁ今回はさすがにそれもあるんでしょうね
と感じざるを得ない。
そして伝える側のそのジレンマのようなものも
にじみでていますし、報道に対する怒りも
ほんとうにたくさん感じる。

そして真実はコレです的なものも
次から次へと出てくるんですけど、
それに対して情報を精査してかみ砕いて頭に入れる
という行動をするだけでも大変です。

結果、伝える側も起きていることを
取って出しみたいな感じで報道していて未消化だったり、
伝えている側が意味もよく分からずに伝えているものとかが
いっぱいあって、それらがくだらなかったら
どうでもいいんですが、ものすごく重要だから
読んだり見たりしないといけない。

でも、吐き出すように出てくる言葉とか、
怒りまじりでぶつけてくる言葉とか、
余裕のない人に付き合うのは大変で、
それもしんどいことです。

バラエティーが復活して、どこか心が癒されるのは
笑いが戻って来たからだけじゃなくて、
きちんと作り手の手がかかったものであって、
伝えるべきことを理解して伝えられているからじゃ
ないでしょうか。

笑いが人の心をやわらげるのは
起きた事実を自分の中に受け入れて
それを消化している度量がある人たちがいること、
ドッキリや舞台の面白さでも
それを客観視しているからでもあるんじゃないかな
とも感じます。

「最大の理性とは、すべてを笑い飛ばす力である」
という言葉もあります。

そうしていろいろと自分と情報や言葉との関わりについて
振り返ってみて

そうか、全体的にいろいろと
少なくとも自分としては
しんどいと感じるようなことをしているんだ

と分かってからは、だいぶ楽になりました。

それにしても本当にだめな奴だな とも思います。
なんでしょう、この打たれ弱さは。

でも、打たれ弱いのにニュースや現状と向きあって
打ちのめされて自分のダメさ加減を悔いていたり
それを苦にして病んだりして
仕事相手や家族に迷惑をかけるよりは、
バカで情報弱者でも私が私にできる仕事を
していたほうがいいのかなとも思います。

家族や仕事で逢う人や文章を読んでくれた人を
暗い気持ちにさせるよりは、明るい気持ちにさせたい。

何より、わたしは未消化な言葉を世界に吐き出したくない。
感情的で余裕のない自分をわざわざ人にさらしたくもない。

黙っていること、思っていることを語らないのが
ダメな人間ならば、
いまはダメな自分であろうと思います。

寄付したり物資を運んだり、行動する方は偉いと素直に感じます。
売名とか言われてもそれは力と余裕がなくてはできないことで、
そのエネルギーを良い形で使っている方を尊敬します。

自分も少しだけですが動きました。
ダメなりに今後も自分がいいと思うことをやります。
かならず。
posted by ささきぃ at 03:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

地震とインフルエンザ

東北地方および関東甲信越地方で発生した地震により
被災された皆様へ、心からお見舞い申し上げます。

ツイッターではすでにご報告させていただいておりましたが、私は無事です。
夫も離れて暮らしている家族も夫の家族も無事です。

怪我もなく全然大丈夫だったのですが
地震当日からインフルエンザにかかってしまい、
4日ほど寝たきりになっていました。
ようやく熱もひいて仕事も出来るようになったところです。

日本が大変なことになっているときに
身体が全然言うことをきかなくて、
ほんとに情けない気持ちでいっぱいでした。

地震自体も大変にショックなんですけど
なんというかですね、もう少し、自分はいっぱしのつもりでいたというか
もうちょっとたくましくサバイバルできるだろうと過信していたし
何かあったときにもシャッと判断してピャーッと動けるタイプの
人間だと思ってたので、そういうショックも大きかったです。

実際は身体も動かなくて、無理して動いたら周りの大変な
迷惑になる状態で、ときどきツイッターやテレビのニュースを見ては
不安にとらわれて、寝て体力を戻すのが仕事だと思ってても
なかなか眠れずに余震のたびに起きてしまって、
回復につとめられていたかさえ自信がありません。

今はおかげさまでほぼ回復していますが、
まだ咳がぬけないので、念のため
この三連休が終わるまではプロレスや格闘技の会場など
人がたくさん集まるところは遠慮させていただく予定です。

言葉を扱う仕事をしていながら、
津波で家が流れていく様に対して言える言葉がありません。
でも、無力だと思う前に、やるべきことに取り組みます。
そのうえで、この地震と自分を情けなく思ったことも絶対忘れない。

震災でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。
どうかひとりでも多くの方が助かりますように。

そして、インフルエンザは地味にまだまだ流行っています。
どうぞご自愛ください。
posted by ささきぃ at 23:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

ZERO1のパンフ完売のおしらせ

一昨日に更新したブログで
ZERO1の10周年パンフレットのことを書きましたが
どうやら両国で完売してしまったようです。

ひぇー。
また今度買えばいいやとか思ってた方が
もしいらしたらごめんなさい!!

両国はすごくいい大会でした。

選手情報とか試合にかける流れみたいなものは
好きな人はネットとかで手に入れてしまっているし
パンフレットの意味って薄れてきてて
メモリアルな意味が強いものだと思っています。
なのでそういう記念に残るもの
試合前に読んでも、試合後に読んでも
大会をなつかしく振り返れるもの
そんな気持ちで書いたつもりでしたが

売り切れるというのは申し訳ないですし
商売の原則からいったらアレですけども
作り手としては嬉しいものではありますね。
ごめんなさい。

インタビュー等は買っていただいた方のものですが
名言のページについては、私が原稿書きすぎたのと
そのわりに遅かったせいで
解説が載りきらなかったりしていたから
ここらへんはブログに載せたりしようかな
と思っています。

3月には27日、靖国大会もあります。
こちらもZERO1恒例春のビッグマッチですよ。
posted by ささきぃ at 11:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月29日

あけましておめでとうございます

昨年中は大変お世話になりました。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

・・・・・・えっ? もう来週2月?

今年はがんばってブログをたくさん書こう書こうと思いつつ、
気がつけばもうこんな日程です。
あわただしいです。

ノルマ的に大掃除をしたものの
そこから本棚があふれかえっていることに気づいて
1月になってから整理を始めたり、いらないものを
捨てたりしてました。

それに伴う形で
最近、家で仕事に使っているパソコン環境のことを
調べたりする機会が多く、
まぁありきたりに商品の情報を検索して調べたりするんですが
そういうときってやはり口コミをあてにしてしまうものでありまして。

アフィリエイトとかも増えてきましたので
あてにならないといっちゃあてにならないわけですけど
あまり頼りにしすぎるのも本当に問題ですけど、
やっぱ個人の使い方とかはかなりためになります。
特に英語で表示されるソフトなんてそういう偉い人の
存在がなかったら手も足も出ませんよ。

文房具まわりの事とかもあいかわらず好きですが、
それも個人の工夫によって本当に使い心地も何もかも違いますしね。

そうして他の人のブログを見ていると
口コミの中身自体に感心した以上に
あぁそうか、このくらい感じたところで
いったん発信すればいいんだよな と改めて考えさせられたのです。

なんか、結論が出る前にいったん発信できる
という、ブログやネットのメリットってあるんだよなと。

性格上、「いろいろお試し中♪」みたいなところで
文章をやめることがなかなかできないのですが
それでも結果までいっぺんに伝えようとしたら
いつまでたっても何も更新できない。

ブログに対するハードルを自分でやけに上げてしまっていることに
気づいたので、もう少し緩めつつちゃんと書きたいと思います。

あと、私よりももっと忙しいはずで活躍もされている方が
非常にまめにほぼ毎日ブログを書いてらしたのにショックを受けたので、
そういう面からも自分をいましめたい。

ツイッターやってるっていったってツイッター見ていない人もたくさんいるし。

書くべきことはたくさんあるのですが
とりいそぎご挨拶を。元気です。
今年もよい一年になりますように。
posted by ささきぃ at 17:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする