2015年12月26日

漫画「母親やめてもいいですか」感想その2 知ることで救われたかもしれない



母親やめてもいいですか」の感想つづきです。

・主人公の母親の境遇はけっこう恵まれている

批判になるかもしれませんけど、読んだあとしばらく考えて
感じたのは

「この人、結構支えてくれる人いたのに、
 こうなっちゃったんだよなぁ」

ということでした。

実母が週末預かってくれるとか、義母も
「いつでもこっちにおいで」と言ってくれるとか、
保育所に入れたということもそうだし
ダンナさんが最終的に子どもを見捨てない人だった、
という事も含めて。

境遇で大変さなんて簡単に比べられないですけど
もっと大変な人、いくらでもいますよね。
もう少し、なんとかできなかったのか。

でも、できなかった。
自分を追い込んでしまった。

頼れる人がいる環境であっても、踏み外す人はいるし、
家庭を壊してしまう人はいる。

そう考えたら私も十分こうなってしまいかねない?
というか私、この人と考え方そっくり?

ここでもう一度、「あ、やばい」です。


・主人公への批判

アマゾンのレビューを見ると、
本に対して数多くの批判が集まっています。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4780305683/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

批判はそのまま「踏み外した母親」に対して
世間が投げかける声だと、私は感じました。

正確に言えば「踏み外したけど、申し訳なさそうに
していない母親」となるのかもしれません。

批判する気持ちはわかります。
私も主人公に対する抵抗みたいな気持ちがあります。
それはここまで書いてきたような
自分に似た人、似た境遇の人が
踏み外してしまった物語を読んで、
自分のダメな部分を客観的に
見せられたような気分になったからです。

ただ、どうにかならんかったのかな
という残念さがすごくあります。
どうにかなったはずの案件なんですよ。
案件というのも失礼ですけど。

彼女の逃避は許されるものじゃないんですが
せめて他の方法だったらまだなんとかなったんじゃ
ないかなとか思います。

例えば、ストレスでお菓子食べるとかだったら
他の母親だってよくやってるドラッグですよね。
(って私だよ! お菓子食べまくってるよ!)
太るし体にも悪いからよくないことだけど、
その程度ならって思われてるような逃避行為ですよね。
浪費とか、何かにはまるとか、ちょっと家出するとか、
彼女の選んだ逃避が、そうした、笑い飛ばせるようなものじゃ
なかったというだけではないのか、と、
そう感じるので、なんとかならんかったのか、と。


・「君が笑っていてくれればそれでよかった」

追い込まれて、家族から心が離れていく主人公に
旦那さんが言う台詞です。

追い込まれると不機嫌になるらしい私にとって
これまた、痛い言葉です。

「多少家事ができていなくてもいい。
 奥さんがご機嫌でニコニコしていてくれるのが
 赤ちゃんにも、旦那さんにも一番いいことなのよ」

よく、育児雑誌なんかで見る言葉です。
でも、それがどんなに難しいことか。

「多少の問題があっても笑顔でいる」というのは
問題に対して何らかの気持ちの処理をするなり
見て見ぬ振りをするなりした後、
笑顔でいられるくらいのメンタリティでいられる
強さがある、ということで、
そんなに大変なことを簡単なことのように要求しないでくれ、
と、私はそうしたアドバイスを見るたび思っていました。

それを他人の物語として
こうして漫画で読んでみると、笑顔でいてくれ、と
言う旦那さんの優しいようでいて突き放している部分も
確かにあなた今のままじゃまずいよという、主人公の様も
見ていて痛くてつらい。

(後半の、家庭を捨ててるかのような主人公の生活ぶりは
 不妊から赤ちゃん時代、どこかで『耐えていた』主人公の
 旦那さんに対する反動なんじゃないかなとも思います)

本の中での主人公に対していえるのは
もう十分にお母さんは考えたのだから、
問題を解決しようとしなくてもいいから、
お母さんもたからちゃんも
今日ひとつでもいいことがあったと感じられるように
過ごしてみたらいいんじゃないのかな、
ということです。

たぶん、私が今後追い込まれた私に対して
できるアドバイスも、同じなのでしょう。

あとは、本の中にあるように
「愛着が9歳頃になって形成される」という点を
もっと早くお母さんが知っていれば、向き合い方はまったく
違っていたし、もっと上手に人の手を借りることも
できたんじゃないのかなと思います。
それも本当に惜しいと感じる点です。

漫画に登場する、発達障害の子を育てている
「うしおくんのママ」も
のちに離婚になってしまわれたみたいですけど、
0歳から3歳くらいまでの、本当に大変な期間を
真剣に子どもに向きあってきた母親が
責任を問われた後、離れてしまうというのは
つらいし、ひどい話じゃないかなと思いました。
このあたりは3歳児を育てている自分の思い入れかも
しれませんが、やっぱり悲しいことだし
その時期を育ててきた彼女たちの頑張りは
認めてあげてほしいし、私は認めたいです。


・漫画の説得力がすごい

コミックエッセイ、のジャンルに入るのかもしれない
この本ですが、主人公の母親はライターさんなので、
漫画を描いた方はにしかわたくさんという方です。

すごいっす。
ここまで真剣に感想書いておいて何だけど
漫画だけでも十分おつりがくる読み応え。
描き込みの量もすごい。

当事者本人じゃないということが
物語を客観的に突き放したものにしてくれています。

具体的に言うと
悪役がいかにもひどい顔だったり
口をはさんでくるおばさんが露悪的な顔だったり
主人公以外が全員ブサイクだったりする
漫画がありますが、そういう描き手の
余計な感情が入っていない。
全体に対して丁寧というか誠実。

その分、よけいにズシンと入ってきます。

娘のたからちゃんの、ぐっと口を結んでいる表情とか、
終盤に主人公の母親に語りかけている場面とか、
「やばい」となります。
ここでの「やばい」は、「やばい、泣いちゃう」の、
やばい、ですけど。


「追い込まれる」感覚は、
発達障害の子を持ったお母さんだけでなく
現代に生きる人、すべてに共通する感覚ではないでしょうか。

精神的にやばい「橋」を渡りかけたことのある人なら
この本の「追い込まれる」過程に
引き込まれる感覚がわかるはずです。

落ち気味のときに読むと、引き込まれるかもしれないので、
そこは注意してほしいのですが(私はへこみました)
「やばい」と感じる、「危機への備え」の感覚を
取り戻すには、いい本だと思います。

年に3万人が自殺している日本においては
自然災害や交通事故の恐ろしさを心しておくような
感覚で「やばい」という「危ない橋」への危機感を
心しておいたほうがいいのではないかと思うので
そんな気持ちからの、おすすめです。

ただ、そうした本をおすすめするときに
笑顔ですすめることはないので
なんか微妙な顔になってしまうんですけど、
おすすめです。

もちろん発達障害の子と、育児をする人たちの
理解されづらい状況を少しでも理解するためにも
参考になる本だと思います。
「発達障害の子は、愛着が9歳頃になって形成される」
という点は、できるだけ多くの人、できれば
いま苦労しながら子育てしている人に
早くとどいてほしい事実です。

Amazonの、この本のレビューの中に

「この著者の心の動きを批判することは私にはできません。
 あの時心理士のあの言葉がなければ、あの時息子が笑ってくれなければ、
 崖に落ちていたのはきっと私です。」

という一文があります。(一番上のレビューです)
その文にこもったしんどさを思うと泣きそうになります。
苦しい。
いまこの瞬間も、そうしたしんどい一瞬を乗り越えようとしている
お母さんがいるのかなと思います。

たからちゃんとお父さん、お母さん、
そして彼女たちを取り巻く人たちに
多くの笑顔がおとずれることを祈ります。
posted by ささきぃ at 00:00| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月25日

漫画「母親やめてもいいですか」感想〜追い込まれるという感覚



「母親やめてもいいですか」
なかなかインパクトのあるタイトルです。
レジに持って行くのに勇気がいりました。

母親やめてもいいですか」は、
発達障害の娘さんを持ったお母さんの
葛藤を描いた漫画です。

……きついです。きつかったです。

いい気分になる漫画ではないです。でも、
いろいろなことを考えさせられました。

自分への気づきが多い読書体験だったので
感じたことを順に書いていきます。


・ざっくりと内容

主人公の女性と、お子さん=たからちゃんの
発達障害について描いた漫画です。

主人公の女性=山口さんは、
たからちゃんが発達障害かもしれないと感じた後
精力的に発達障害について調べ、行動を開始します。

診断が出て、一度は落胆したもののすぐに気持ちを切り替えて
信頼できるお医者さんを探し、作業療法が受けられる施設へ
たからちゃんを入所させて、少しずつ前へ進んでいく。

……という前向きな前半部分から一転、
たからちゃんの将来への不安と、
それだけ一生懸命にたからちゃんのために動いているのに
反応が返ってこない、一方的なやりとりに疲れた山口さんが
落ち込み、ネットにハマりこみ、さらに落ち込む。

たからちゃんは保育所に入ることができたのに、山口さんは
落ち込みから逃れられず、気晴らしを求めてチャットし、
ネットの仲間との疑似恋愛をはじめる。
同じ療育仲間だった奥さんの誘いで新興宗教と
心のよりどころを探していくうちに、家庭はバラバラになってしまう。

書いててつらくなってきました。
ただ、最後はきついだけの終わり方ではないです。


・主人公の母親が自分と似ている

母親である山口さんは75年生まれの
フリーライターさん。わたしと同じです。
生まれた年と職業と性別が同じという
だけじゃなくて、ライターという職業に
つくような人だからなのか、私は、考え方というか
「追い込まれ方」が、自分とそっくりに感じました。
だから余計に怖かったです。
「やばい」と思いました。

どういう点を「やばい」と思ったのかについて、
私のようなタイプの人と、私のようなタイプを
身近に持った人への参考に書きます。

前半、たからちゃんの行動やかんしゃくに疑問を持った
山口さんは、疑問点をネットで調べ、病院に予約を取って
精力的に動き、後に通うことになった施設でも
「山口さんは詳しいから」と言われるようになるくらい
発達障害について調べています。

すごいわかる。私も息子に何かあったら
現時点で自分が持てる情報を全部得ようとするはず。

その後「療育は特効薬ではない」と気づき
一生つきあっていくという現実の重さを感じながらも
たからちゃんとコミュニケーションを取ろうとするけれど、
一方的で心が通い合わない日々に疲れていく山口さん。

「子どもがかわいいと感じられない」
「でも、子どもが将来いじめに合ったり、つらいめに合うのは
 耐えられない(=そのためにコミュニケーション能力をつけさせたい)」
と、悩みをこじらせていく。

これは主人公の山口さんがそうだと断定しているわけではなく
私が勝手に感じることなのですが、
山口さんはきっとテキパキと現実に立ち向かっていくタイプの
人だと思います。

でも、そのテキパキは
「不安や課題を持ったまま生きていくのに耐えられない」
という、キャパシティの小ささ、
心の弱さからくるテキパキだったんじゃないでしょうか。
なぜそう感じるかといえば、私がそうだからです。

ゆったり構えた人って、私の印象だと、
多少の問題があってもくよくよしない人なんですよ。
「うちの子、○○なところがあるけど元気だからまぁいっか」
そう思えるのが、いいお母さんぽいですよね。なんか。

私、基本的に締め切りを守る人ですけども、
それは仕事を抱えた状態でいるのに心が耐えられないからであって、
決して仕事ができる人間だからじゃないんですよ。

で、そういう人間というのは、
一回失敗すると、ダメなんですよ。
ものすごい落ち込んじゃうんです。

テトリスで失敗して、画面下に
4段くらい積んだ状態を想像していただきたい。

多少のトラブルを抱えた心の状態というのは、
そんな感じだと思います。私はそうです。
心のキャパが狭いと、ここから一気なんですよ。
一瞬で上まで積み上がる。
ゆったり構えていられる人、は
その状態でも、ゆったりしていられる人なんです。

主人公の山口さんは、学生時代の最大の関心事が
「人間関係」だったと書いています。
「友達とうまくやることは、私の『生きるための戦術』だったのだ」
と本の中にありました。
不妊に悩んだときもネットでサプリの情報を調べて
独自の配合を考えて成功したと本の中で触れています。

頑張り屋さんで、努力で現実を乗り越えてきた人なのだな
と思います。
でも、本の中で描かれている落ち込み方をみると、
もしかしたら私と似たタイプで、
問題を持ったままでいるのが耐えられない、
問題と共存していくという考え方がしづらい人なのでは
ないかなと感じました。

本の中の、心の負担のテトリスが積み上がっていく過程が
非常に自分の「追い込まれ方」に似ていて、
漫画の中ではそれと同時進行で家庭が壊れ、主人公が
壊れていく状況に対して、積み上がった心で
なにもできずにそれを眺めながら
つかのまの息抜きと言い訳して
逃避するような様が描かれているので……

うわぁぁあぁぁっと思いました。


長いので、いったん切りますね。
つづきは明日。
posted by ささきぃ at 11:10| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

漫画だけは読んでいる2015

忙しそうにみせていながらも。

・きのう何食べた?11巻



お好み焼きがおいしそう。
というか、粉があったので4回作って食べました。
4回は多い。(2袋で2回ずつ)
家のフライパンで作ったときには、漫画のように
中央をこんもり形式にせず、普通に、ぺたんこ気味でも
十分おいしかったです。

お友達とのお花見エピソードも。
というか、10巻で出てきた佳代子さんの娘、ミチルさんの
病気のときにはじじばばが迎え、夕食や休日のごはんを作ってもらう、
という環境での子育てが、
泣き崩れたいほどうらやましい。
佳代子さんを雇いたい。



・3月のライオン



10巻と11巻、読みました。
好きな漫画なのですがちょっと父親騒動には違和感。

漫画に対して漫画みたいだというのは
バカな意見ですけど、
いじめの問題と今回の父親騒動と、
いじめの時は突然熱血先生が出てきて解決したり
父親騒動の時は突然桐山君がスーパーマンになったりと
悪役が妙に現実的なのに解決方法だけがいかにも漫画で、
どうも読んでスッキリしない感覚でした。

そういう漫画ならそういう漫画で
納得もしますが、そういう漫画じゃーなかった
と思うし、勝負の世界に対して
さまざまな勝ちたい理由を背負っていても
ひたむきに努力をして盤面に向かっていても
それでも、勝てない・・・というシビアな部分を
すごく丁寧に描いてきた漫画だと思うので、
今回の勝負の流れと結果は
そんなものなの? ・・・と感じてしまいました。

ただまぁ
人間、何事にも無敵という時期も確かにあったりするので
その時期ということなら
それならそれで。
はい。



・まんが親 4
・おかあさんの扉 4





並行して読んでおります。
ここにきてお二人の違いのようなものが見えてきた感じ。

吉田戦車さんへの評価は、青春時代に「伝染るんです。」を
読んでいたか否かで全然違うと思うのですが
私は「いつか読もう」と思って読んでいなかった派なので、
(スピリッツ読み始めた頃にはすでに「パパはニューギニア」に
 なっていた。あの頃はあの頃でスピリッツが神懸かっていた)
知らざる天才という感じです。

で、伊藤理佐さんのことはほぼ全部読んでるくらいに好きです。

なので、ひいきが入ってるとは思うんですけど、

伊藤さんのは「育児漫画」で、
吉田さんのは「育児をやっている俺」の漫画だなぁ、
という印象。
いいとか悪いとかでなく。

1巻からなんとなくその違いは感じていたのですが、
そのあたりがはっきりしてきたなぁ、
と感じました。

女性の冗談は自分を落として成立する
男性の冗談は相手へのツッコミで成立する

という表現をどこかで読んだ記憶があるのですが
そういう感じ。

伊藤さんの客観性がすごいなと私は思います。



・ステキな奥さん ぶはっ



漫画じゃない。漫画じゃない伊藤理佐さんもやはり好き。
「みんな割と止めてくれない」が最高に面白いです。
おかしいなと思ってもなかなか他人は止めてくれない・・・という
話なのですが、たしかに、みんな割と止めてくれないです。
目が覚めてから、なぜ言ってくれなかったと思う。



・ピース オブ ケイク番外編



6年ぶりの完全新作。
ということは、私が最終巻を読んで
「くっそ!なんだこの終わりは!
 逃げやがって!」
と、本を投げつけんばかりに怒ったのは6年前ということ。
月日の経つのは早いですね。

6年前、まぁ私も若かったのでね。
でも、6年前にこれを読んでいたら
いずれ読めるとわかっていたら
怒らなかったろうな。

ちょっと、
原作というか、最終巻は
強引にまとめられたという印象だったんですよ。
すごい好きな漫画だったので、
すごい悲しくて、それで怒った。
ようやく完結した感じです。
よかった。
1〜5巻のカバーデザインもとても好きでした。


去年書いて、そのままになっていた
ある漫画の長い感想がもう1本あります。
すごく長いので、取り急ぎ以上で。
年内になんとか!
posted by ささきぃ at 12:21| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

カップ焼きそばを食べるコウノトリ

「コウノドリ」が早くも5巻出てました。

有名な漫画なので書くのも今更ですけど、
モーニングで連載されている産科医の漫画です。

3巻が出たときにまとめ買いして、
まとめて一気読みして、
こんなことをツイートしました。

「コウノドリ」1〜3巻読む。息子よ、今日はいくら夜泣きしてくれてもいいよ。きみも産まれてからしばらく小児科に入院していた子だけれど、無事に産まれてきてくれてありがとう。(1月7日)

息子は2500gにあと少し足りず生まれてきて、
母体の破水が早かったりしたこともあって、しばらく
小児科に入院していました。

妊娠出産はべつに病気ではありませんが
無事に産まれてくる、無事に育つということは
当たり前のことではない、と
これを読むと、あらためて思います。

そして、無事に産まれるはずだった命が
無事じゃなくなることもありうる
ということも。

4巻の帯に書かれた、伊坂幸太郎さんの
推薦文がよかったです。

「いくらでもあざといパターンに落とし込めるところを、
 ちょうどいいところで止めてくれるんですよ。」

そうそう。そのとおり。

泣くような題材なので、
いくらでも泣かせることができるはずなのに、
非常にうまいところで止めてくれているんですよ。
絶妙に泣かせないというか、
泣きに没頭させない。
現実も同じだなと思います。
まぁ、それでも泣き入るんですけど。

うまいこと止めてくれているので、逆に
「産科医の仕事」「仕事としての医師」
みたいな面も、物語として伝わってくる。
アイスとカップ焼きそばが出てくる場面が好きです。

いかにもドラマになりそうな漫画なのですが、
もう実は決まっているのかもしれませんが、
ドラマだと、この「うまいところで止めてる」感は
非常に伝えづらいのではないかと思います。
漫画だからこそなのかもしれません。



最新刊は小児科医さん、双子ちゃんの話、
あと理由は分からないけど出産が増える満月の話が
印象的でした。

息子は、産まれてすぐ、小児科の集中治療室?に
入っていました。
赤ちゃん用おむつ、新生児用でも大きくてぶかぶかで、
その下のマイクロというサイズでも少し大きくて、
それでも、めちゃくちゃかわいかったです。

今の息子は朝6時に起きて、パンをよこせと騒いでいます。
posted by ささきぃ at 15:15| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

あなたもモテるオタクになれる〜『モタク』の感想その2 〜出逢いと経済編

昨日のつづき。

ちょこっと企画に関わらせて頂いた書籍
アルテイシアさんの「モタク」の感想です。

関わりについてはコチラ

さて、中身に登場する、本の元となった連載コラムの担当
マスオさん(※マスクマンに憧れているゆえ、マスオさんらしい)は
わたしも知っている人です。

というか、マスオさんへ最初に
アルテイシアさんの本を貸したのが私でした。

仕事で知り合った方なのですが
オタクではあっても、話していて心地よい人でした。

当時、一読者として私がアルテイシアさんの本のファンで、
この人なんとなくこの本読んだほうがいいんじゃないかな
という私の読書ソムリエな部分が彼に
『59番目のプロポーズ』をオススメしたのです。

本をきっかけに衝撃を受けて、発売されてた
アルさんの本を全部買って読み込んで
自分で動いて、自分の担当する携帯サイトで
コラムをスタートさせてしまったのだから
まぁ行動力のある方だなぁと感心しておりました。

そういう「動ける」人、自分でいいと思ったものごとに
対して素直に行動できる人なのに
恋愛に対しては「動かない」人なんだ、というのが
本を読んで素直に私が驚いたことです。

(わたしも動かないタイプなので
 あまり人のことは言えないのですが)

まぁ、今にして思えば
マスオさんとの会話の中身は8割が骨法とデスマッチの話でしたけど、
それはまぁ、私が相手だからだろうと思ってましたし
正直、見た目もシュッとしている人でしたので
べつにアドバイス受けなくても彼女くらい全然できる人だろうと
感じていたからです。

とはいえ理想の出逢い方について聞かれて

「そうだなぁ、居酒屋で格闘技の話をしてたら、素敵な女性が近づいてきて
 『アントーニオ本多、私も好きなんです』みたいな」

と答えるあたりは、まぁいくぶん話を分かりやすく
していたとしても、おいおいと突っ込まざるをえない。
いや、その趣味を持っている女性は、多分いい人ですけど!
捕まえたほうがいい人ですけど!

本の中では「女が空から振ってくると思ってませんか?」と
ピシャリとアルさんから怒られていました。
マスオさんが希望する理想の出逢いは
空から女の子が振ってくるよりは高いにしても
残念ながらかなり実現する確率が低い。

女性の言う「出逢いがない」は、
荒れ地をユンボで耕して、ツルハシを肩にかつぎながら言うような
非常に現場感がある「出逢いがない」なのですが
男性の、とくに不器用な男性の言う「出逢いがない」は
そこまで現場感がないというか、
どっか、マスオさんのことを笑えないレベルだったり
する気がしました。

でも、マスオさんの存在が、ちょこちょこと文章中に
プロレスや格闘技ネタをはさんでいてくれて、
そういう面でも読んでいて楽しかったですし
彼がアルテイシアさんの愛のムチで気づきを得ていく様は
恐縮と同時に興味深い様でした。

第3章では、経済編として
年収と結婚というシビアな問題にも触れていらっしゃいます。
大事な話なんですよね、ここは。
と同時に、よく働く30代女子に対する
ステレオタイプな誤解を丁寧に解いてくださっていて
救われるような気持ちになりました。
働く女子がみんな米倉涼子みたいなわけではないですよ。

現場感、でいえばこれほど「現場」で役立つ知識もない
セックス編も非常に丁寧に指導してくださっています。
『女医が教える本当に気持ちいいセックス』の著者であり
アルテイシアさんの親友であられる、宋美玄さんとの
対談も収録されています。

前にも書きましたけど、別に無理に恋愛や結婚をする必要は
ないと思います。
ただ、手段をよく知らないからといって
自分の可能性を狭めることもない。

まだ諦めたくないという気持ちがもしあるのなら
そういう人に読んで欲しい本です。



「モタク 〜モテるオタクになる恋愛ガイド」
(アマゾンへのリンクです)

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ざくっと感想を書こうと思っていたのが、長くなりました。
あらためてオススメな本です。
女性相手の仕事をしている人にも
役に立つんじゃないかと思います。
女性の部下の扱い方がわかんない、とか、
あるいは、男性の部下の行動の意味が読めない女性にも。
読みでがある本ですよ。

アルテイシアさんは本を出された後
ニコ動で「アルテイシアの相談室」をスタートされてます。
爆人気らしいので、そちらですでに
ご存じのかたも多いかもです。

「アルテイシアの相談室」【無料ブログ】

近々新刊も出されるみたいです。
そちらもたのしみ。
posted by ささきぃ at 23:29| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

あなたもモテるオタクになれる〜『モタク』の感想その1 会話編

いずれ読んだら感想を書きますと言っていてはや半年。
すみませんすみませんすみません。

アルテイシアさん著『モタク』は
シャイで奥手なオタク男性への
非常に分かりやすい恋愛指南書です。

本とアルさんとの私の関わりというか、
経緯については以前書いたので
コチラを読んでみてください。

さて本を。



「モタク 〜モテるオタクになる恋愛ガイド」
(アマゾンへのリンクです)

表紙がかわいい。

中身は初対面からデートの誘い方、
告白の仕方からキスからセックスまで
すごく丁寧に書かれているのですが、
私が感心したのは最初の部分でした。

女性との会話の方法がここまで丁寧に書かれている本は
いままでなかったのではないかと思います。
しかもオタク男性向けに。

仕事と趣味の両面で、私もオタク気味な男性と話す機会が
多くありまして、もう私は結婚もしておりますし
人の話を聞くのは好きだしそれが仕事でもあるので
全然構わないんですけど、たいがいオタク気味の男性
というのは、会話の冒頭からいきなり核心に入ってきたり
するのですね。
いいんですけど。

第一声が「やっぱ飯伏幸太だよね」とか。
わかるよ。わかるけど。
わからない人に向けて言うと飯伏幸太は
プロレスラーの名前です。「やっぱ飯伏幸太だよね」
の一言で、やっぱり今注目すべきはDDTの飯伏幸太だよね、
という共感を呼びかけているわけです。

はじめてちゃんと話す相手からの第一声として
「今なら佐々木さんは我龍真吾ですか」というのも
ありました。
もちろんですが、今も昔も私はキックボクサーの我龍真吾氏では
ありません。(…最近残念な記事がありましたね…)
佐々木さんがいま注目しているのは
我龍真吾選手ですか、という問いなんですが、
まぁ、そういう会話がごく当たり前でした。

多分、自分の趣味というか、
「そういう話」をしてもいい相手を見ると
普段あまり「そういう話」をする相手がいない
反動みたいな感じでヴァーッとほとばしって
しまうのだろうなと思うことが、よくありました。
好きなものに対する情熱の、すっごい熱い部分を
いきなり話し出すような感じ。

何度も言いますが私は別にいいですよ。
でもそれがデートの相手だったらまずいんじゃ
ないかなと思います。

好きになったり興味を持ったりする相手なら
多分、趣味とかに共通項がある相手だと
思うのですね。
そういう相手を見つけたら、
趣味のトークをほとばしらせる前に
軽いラリーをしてみたほうがいいですよね。
その結果、どこまで踏み込んでいい相手かが
わかったりしますから。

その上で踏み込み具合を試してみたりする
楽しみとかもありますし
もったいないですしね、せっかくの
相手との時間が。
一方的にほとばしらせて閉口させて気まずくなって
「結局俺の趣味なんて分かってもらえないんだ」
と勘違いするのは、もっともったいない。
もしかしたら、話し方次第、付き合いかた次第によっては
その相手も趣味を理解してくれたかもしれないのに。

たとえ恋愛関係にならなくても
いい会話ができる相手って本当に貴重ですし
恋愛関係になったあとでも
会話を楽しめる夫婦はステキです。

その軽いラリーのやり方、具体的なオススメのネタ、
好きな物についていきなり語っちゃうことが
恋愛という面でどう損なのか、なんていうアドバイスを
してくれる人もそういないので
(私は実際に逢っても、よほどじゃなければ
 面白がって聞いてしまうので、アドバイスなどしません)
すごい貴重だと思いました。

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ながくなったので、分けますね。
つづきは明日にでも。
posted by ささきぃ at 20:11| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

2012年5月に買った漫画たち

いつも「ちゃんと感想を書こう」と思いすぎて
なにも書けずに時間が過ぎてしまうので
こんな形で。

順番は購入順です。
『鉄風』5巻については、
ジュエルス大阪大会前日にスポナビブログへ書きました。


『姉の結婚』3巻



『娚の一生』よりも個人的にノレずにいるのは
やっぱり相手が既婚者だからなのかなぁと思ったりしつつ
それでも買ってしまう3巻です。
とはいえ物語と関係の深まりぶりは
やっぱり途中じゃやめられないなー見届けたいなー

『娚の一生』もそうだったのですが(『恋と軍艦』もそうかな)
なんていうか田舎の人間関係を描くのがほんとうにうまい人だな
と思います。
年配の方とかのおせっかいな感じとか空気読めない感
とはいえそれにどこかで助けられたりする とか
そういう関係がリアルで
あるあるこの感じ、とうなずきたくなります。

(もっと深い田舎をモデルにしているであろう『娚の一生』より
 人間関係がいくらかドライな感じも伝わります)
(この作品で言えば広島あたりがモデルの地区なのですかね)


ここから先は全部同じ日に買ったので読んだ順で

『きのう何食べた?』6巻


家庭的でいますぐ作りたい感の料理が満載。
しかしこの巻読んで食べたくなるのはやはり餃子でありましょう。
何度買いに行ったか。(作れよ)

過去の困った依頼人さんとか
司法修習生の長森さんとか
あいかわらず田淵くんはゴシップが好きとか
読み続けてるとおもしろいなという巻ですね。

そういった人間関係を確認したくて
過去の巻を読み返していて

「そうか!だからケンジは
 シロさんからの着信を
 『Get wild』に設定してたんだ!!」

とわかったときの喜びが大変大きかったです。
こまかいけどこういうのわかるの嬉しいですねー。
前から思っていたけど2人が住んでいる地域(のモデル)は
南阿佐ヶ谷ですよね。多分。


『にこたま』4巻


気になって買い続けています。
読んでスッキリ楽しめるという漫画じゃないですけど
それでも気になりますね。
舞台は吉祥寺あたりじゃないのかな。
ハッキリ何か出てきたわけじゃないですが。
なんとなく。

読み始めた頃から
「別れろ!別れろ!」と呪い続けてきたものの
ここまで読んでみると今後この2人どうすんだろ?と思っています。

気がつけば
『モーニング・ツー』のwebもチェックしているという。


『ZUCCA×ZUCA』3巻


宝塚好き漫画3巻。
なにかに夢中になる楽しさを思い出します。
いや、宝塚のヤバイというかうまいところは
そういうところだと思います。
グッズ集める楽しさとか、通ってしまう中毒性とか。
ここ数ヶ月行けてないんですが行きたいなー。
帯にもなっているねね様の美しさはヤバイ。


『ひらけ駒!』3巻


これは2011年9月発売で、
いまはもう5巻まで出てるようです。
最近読み始めて、本屋で探したけどなかったので
上3つの発売日にあわせてアマゾンで というやつです。

南Q太さんの漫画はほぼ読んでいたものの
ある時期、読むのがつらくなっていました。
でもこれはなんかご本人と作品との間に
いい距離があるように思います。
読んでてつらくないです。
なまいきいってすみません。

将棋そのものは私も指せます。
とはいえ駒の動かし方がわかるくらいですが。
(あと一局が長いからゲームでもうかつにはじめられない)

詰め将棋の本とか将棋の本を
兄といっしょに読んでいた小学生の頃を
思い出しつつ、こうやって伸びていくときって
たのしいよねと宝の成長を見守っています。

ツイッターで前に書いたけど
中学生くらいの男子2人が
電車の中で「2六金」「3五歩」(※この手はいいかげんです)
などと、盤もないのにお互いの頭の中だけで将棋をしていて
宇宙人じゃないのかとびっくりしたことがあります。

ちゃんと「えぇっ!そう来たか」とか反応しあってて、
あぁ、おたがい頭の中にちゃんと盤面があるんだ、
頭いいなーと思ってたら、将棋をされている方たちから
「普通にできますよ」と@をいただいたりしました。
そうなんだ…。

漫画に出てくる千駄ヶ谷周辺の光景がなつかしいです。
会社があったのでね。よく歩いていました。
みろく庵は行ったことないですが。


以上、『姉の結婚』以外は
おまえは講談社の犬か!というラインナップでした。
posted by ささきぃ at 10:39| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

うさぎドロップのトリカゴ(ラストの感想なども含めて)

思いきりネタバレしてますので知りたくない方は
読まないでくださいね!

うさぎドロップといえば賛否両論の最終回。
私はどう感じたかと言えば
全然理解できなかったです。

いやー、ダメでしょ。
ダメですってそれは。

わたし宇仁田ゆみ先生の作品は
大好きで、「楽々」も「男女」も「喜喜」も
「スキマスキ」も「マニマニ」も「よにんぐらし」も好きで
「アカイチゴシロイチゴ」とかも大好きなんですけど
それでもあの結末は
いやーそりゃいかんて
と思ってしまう自分がいました。

アマゾンのレビューでは、これを読むことで
最終回の違和感がなくなった
なんていう感想もみかけた
番外編の10巻を今日購入して読んだのですが
残念ですが変わらなかったです。

漫画全体を通して言えば
第1部はほんとうに文句のない展開ですよね。
かわいいかわいい。
コウキママというヒロインの存在もあって
あぁここに出てくる人がみんな幸せになりますように
と祈りたくなる。

第2部の中学生編は
ダイキチの仕事場の感じとかすごくいいですよね。
コウキの彼女の話とか、正直
読んでて気分よくない展開だったんですけど
私はそれを

第1部の天国から一歩先に出た"外の世界”の現実

を描いていると思って読んでいたのです。

コウキが無自覚にグレていく様とか
(男児はああやって何も考えずにグレますね…)
紅璃先輩と別れようとして
りんのことを出されて脅されたりする場面とか
全然気分は良くないですけど
まぁそういうことも残念ながらあるのが
現実で。

そういう中で成長していくりんやコウキ
見守るダイキチたちを
読者としてひじょうに興味深く見守っていたのです。

いたのですが

最後にダイキチを選んじゃうなんて
それはりんが、外の世界に出て行くことを選ばず
2人の世界に閉じこもることを
結局、選んだように感じてしまって。

そりゃねぇよ

と思ったのです。

登場人物の誰もが現実と折り合いつける
努力をしているのに
りんだけが自分の生まれや家族
という問題から外に出ずに
結局、小さい頃に出逢った
優しい人といられる空間の中に留まってしまった
ように見えて
またそれを受け入れてしまっているダイキチに
キィイーとなったりしていたのです。

私は正子のキャラクターがすごい好きなんですけど
彼女のサバイバルぶりはたいしたものですよね。
対人スキルがないのに強引に生きている。

最初にあえて作品名をあげなかった
宇仁田ゆみ先生の「トリバコハウス」も
私は大好きな作品なんですけど、
それが好きだから余計にジレンマを感じるのかも
しれません。

「トリバコハウス」は主人公=ミキが
不器用ながらもなんとか自分で生きていく
ストーリーです。
(ヒーローの男子もすごくいい男です)

ミキはりんと違って家族はあるけれど、
関係はぎくしゃくしていて
家族の愛情や人との人間関係がうまく
むすべない女の子でした。

「トリバコハウス」では
年上の男性に家賃を出してもらいながら
生活してたミキが
その家を飛び出して自分の生きる道を探しつつ
支配したりされたりしない恋愛関係を結んでいく
わけですけど
その子を見ていいなと思っていた私なので
「うさぎドロップ」のりんを見て
ウギギとなってしまうのですね。

ダイキチという家族を得たりんが
外の世界で働いて恋をして傷ついて
成長していく様が見たかった。
そしてそうして送り出してやるのが
保護者の役目でもあるんじゃないのかな と
思うのです。

トリカゴから抜け出したミキに対して
りんは自らトリカゴに入ることを
選んだように感じてしまった。
トリカゴっていうか、単に
自分の価値観を否定されない、自分にとって理想的な
居心地のいい場所にいたかった
だけなんじゃないのかなと。
りんは美人で性格も良くて勉強も出来る
いい子なのですが、彼女が何を考えて感じているのか
感情移入しづらいなと思いました。

ただまぁ
運命の人に出逢ってしまったなら
それも仕方ないのかなと思う。
都合の良さとかも全部含めて恋ですしね。
ダイキチが報われて欲しい
というのは読者の誰もが思うことだったので
愛情を受けてきたりんが、ダイキチに愛情を返してくれる
というなら、素晴らしいラストなんだとも思います。
出来ればそうした過程を描いて欲しかったです。
現実的に考えれば障害はいっぱいなので。

連載中に現実の時代が
どんどん厳しくなっていったという
こととかも
少し影響しているのかなと思ったりします。

宇仁田先生の作品はどれもおすすめです。
トリバコハウスはとくに
未読の方はぜひぜひ。



・マニマニ

宇仁田先生の作品はここから入りました。
買ったきっかけは
当時巻かれてた西村しのぶ先生の帯に惹かれたからでした。
ひとすじなわじゃいかない感じが好きです。



・トリバコハウス

女子には嫌われやすそうなヒロインと
女子にはたいそう好かれそうなヒーローが出てきます。
全2巻プラス番外編。
脇役がみんな、いいです。


・よにんぐらし

家族もの。ほのぼのしきってしまいます。
弟夫婦や姉夫婦とかの異文化交流な
感じが大好きです。
全4巻。
posted by ささきぃ at 00:50| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

ズシンときた本、よみました

※ショッキングなタイトルの本なので…
妊娠中の女性や「いま、そういう本を読みたくない」
という方は無理しないでくださいね。

「職場流産」という本を読みました。
正式なタイトルは
「ルポ 職場流産――雇用崩壊後の妊娠・出産・育児」

たぶん2年前の自分なら手にも取れなかった本です。

タイトルを見てビックリして
最初に感じたのは正直言って憤りのほうでした。

表紙もタイトルのショッキングさを煽っているように
感じられるので(私がこういう問題に過敏なのもあるはずですが)
よし読もう、だけど
単に仕事しすぎて流産、大変だね女性は、みたいな
安易な結論の本だったらマジで承知しねぇぞ、と
かなり本気の喧嘩腰で挑んだ本です。



(複雑な感情から表紙画像も小さめに)

最初に確認したのが発行年月日でした。
仕事を取り巻く働く環境については
いまの不況っていう問題を取り上げているかいないかで
全然こちらの読むスタンスが違うからです。
発行日は2011年8月25日。
では素直に読みます。

さきに言うと、そういうこちらの喧嘩腰は
いい意味で裏切られました。
重い本であることは確かなのですが
その重さに作者の本気がこもっていたので
確かに受け止めさせていただきました、と
敬意を込めて頭を下げたくなる本でした。

ごく簡単に内容を説明すると
仕事をしながら子供を持ちたいと思う女性たちの
非常にシビアな現状を真っ向から取り上げた本です。

「雇用問題によって『いのち』が奪われていいはずがない」
というのが
本全体に貫かれている断固とした主張です。

ただ、それに対して
「会社は責任もてないよ」
という、こうしたところでも突きつけられる
"自己責任”の壁がある。

実際、その線引きなり見極めなりは
その女性本人にしか取れないし、
ほんとうに会社は責任なんてもてないわけです。

「妊娠し、子供を産んで働き続けることが、
 そんなに悪いことなんだろうか」

「子供を産んでから、周囲に謝ってばっかり」

という本のなかに登場した女性の言葉は、
育児しながら働くことがいまの日本の中で
どれほどむずかしいかという現状をものがたっています。

きつい。
きついとうすうす分かっていた現状が
はっきりデータと文章になっているので
よけいきつい。

子供を産んで職場に復帰しても
保育費や交通費、諸費用を払うと
1日5時間のパートと収支が変わらない、といった
"フルタイム貧乏”なんていう問題も
あらためて知りました。

お金がそういう状況な上に
「子供を産んでから、周囲に謝ってばっかり」
という嘆きもある。働くお母さんはなんて大変なのか。

きついですよ。
きついけど不快ではない。
知りたかったことでもあるから。

最近の女性誌、というか
有り体に言えば日経WOMANとan.anと
Flauがなぜだか分かりませんが
ローテーションなのか?と思うくらいの頻度で
「母になる!」特集をしているのが
ひじょうに気になっていたのですが、
そうした雑誌の特集では
「周囲の協力が必要不可欠」
「妊娠前からしっかりチェックを」といったような言葉で
かるく触れられている部分が
こうした復職や両立の部分でもあります。

読むたびに
いやそこが肝心だろう
とは思っていたのですが
真剣に見るとこれほどきついものか。

そのきつい現状を
看護と介護、保育といった
ひとの命をあずかる仕事にたずさわってる人たちが
ギリギリで踏ん張るように支えてくれている。

介護や保育にたずさわる人たちのお給料が安いということは
知識として知ってはいましたが
そのことについてもしっかり触れている本です。

働くこと、家族、という問題を真剣に考えたら
たしかにそこから目をそらしてはいけない。

きついよと思いながらも頑張って読み進めていったら
障がいをもった人の雇用や
流産、死産を経験した女性の心のケアの問題にまで
触れられていたので、心から感服しました。

書いててつらいですけど
すべての子が何事もなく生まれてくるかといったら
そんなことはないわけです。

「世の中には障がいでなくても、ハンディキャップを
 負う人はたくさんいる。そうした人に適応できない
 世の中こそが変わらないといけない」

きれいごとのようでも
それに取り組んで居る人がいることに
どれほど希望がもてるか。
まして、その取り組みによって売上を
あげている会社がある。

"若い人がいなければ、街に活気は出ない。
当たり前のように子供を産むことができない社会が
経済を支えられるわけがない。
ここで大きく舵を切らなければ、日本は滅びる。”

そして、そのうえで

”子供をもたない選択をした人も、
自らの生きがいを追い求めることができること。”

語られていることそのものは
ニュース等で、しょっちゅう
耳にする言葉のようですが
徹底的に現実を見つめた上での
静かで重い警告であり、真剣な訴えでした。

データが詰まっているのですが、図表などは
少ないので、いささか読みづらい感はあります。
そのあたりはもう少しなんとかできたのではないか、
もっと切り分けて提供したほうが
手に取られやすいのではないか、なにより
タイトルと表紙がショッキングすぎるので
ちょっとそこで手に取られにくくなって
しまっているのではないか、というのが
私のよけいなおせっかい感あふれる正直な感想です。

でも、そうした手に取りにくさを超えて
喧嘩腰ではあったけど
読んでみて、ほんとうによかったです。

最後に、
著者が自分と同い年(1975年生まれ!)だと知って
その事実がどすんと来ました。

人と自分を比較して
悩んだりするようなことは
めったにないんですけど
落ち込みました。
活を入れられました。
ズシンと。

アマゾンへのリンクはコチラ→「ルポ 職場流産――雇用崩壊後の妊娠・出産・育児」

出版社・岩波書店HP内のデータページ
著者からのメッセージ、目次、
あとがきの一部が読めます。
posted by ささきぃ at 22:57| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

「英語は女を救うのか」よみました

今日読んだ本。
「英語は女を救うのか」



装幀が素敵。

タイトルというか視点に期待して読んだのですが、
答えがほとんど出ているのに
もやっとして終わってしまったのが残念でした。

英語をマスターすれば夢の扉が開ける ように
英語の学校や教材は呼びかけているけれど
はたしてどうなのか、と。
じっさいに英語にたずさわっている女性
36人に取材をして作られている本です。

タイトルに対する答えは、
本を読んだ限りでいえば
ツールとしてでも、「主人の道具」としてでも
本気で自分のものにしてマスターしてみること、
もしくは取り組んで、実際に使ってみること、
うまくいかない、救われない現実に立ち向かうこと、
その過程そのものが、女であろうと誰であろうと
結果的に救うのだろう と感じました。

そうしていくうちに他者の痛みに
敏感になったり、世界を複眼視できるようになる
うわっつらのイメージだけで相手をとらえずに
周囲とかかわってみる、
それが大切なのだと訴えている本 …だと思ったのだけど、

そのことを本のなかで
著者の言葉で語ってほしかったです。

最後の章になって
「『問いからしておかしい』と結論せざるを得ない」と書いてあると
じゃあなぜそのタイトルをつけたのかとか
なんのために本を読んだのかと思ってしまいます。

問いそのものはおもしろいし
それに惹かれて本を手に取ったのに
最後の章でそう言われると
非常に残念です。

「女性が英語で救われるかどうかって、それは
 白黒つけるようなものではない。
 問いからしておかしいとおもう」

「というか、女が『救われる』ということばは
 わたしは好きではなくて」

と、発言される、いわば
救われたくて英語やってるわけじゃねぇんだよ
という気概をもった女性に対して、
著者の方が押されて黙っちゃってるような
印象を受けました。

英語を魔法の杖のように持ち上げている本や教材が
あったんだな、でもやっぱり
マスターしたからって楽になれるわけでは
ないし、その「魔法の杖」のイメージ作りには
ステレオタイプな「夢の国」の雰囲気が
けっこう多用されていたのだな、ということは
なかなか興味深かったです。

「(英語は女を)救わないと思う。逆に、
 英語を使って誰かを救いたいとか、そういう
 ことじゃないですか? 仕事をするって。」

という30代後半のフリーランス編集者の方の
言葉がすごいかっこよかったです。
posted by ささきぃ at 23:59| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

『KAMINOGE』vol.2を読んでの蛇足

ツイッターで山口日昇さんと吉田豪さんの対談が
あると知ったので、『KAMINOGE』vol.2を買いました。
なかなか自分の行動範囲では手に入らなくて本日購入です。
(まだ手に入っていないという方、アマゾンでのリンクはコチラ

あらためて言うのもあれですけど
山口日昇さん=会長(※山口日昇氏のあだ名)は
私をライターにしてくれた師匠で、
吉田豪さんは私が以前入った会社である
ダブルクロスにいた大先輩です。

もともとライターになる前から私は
会長と吉田さんのファンで、そのまま
ダブルクロスに入ったので、
2人がおやりになることに対しては
私はいつもただ読者のようになってしまう。

2人が離れたとき、
その様子を会社の末端にいつつ見てました。
それは私にとって胸の痛い記憶です。
どうにかしたくてどうすることもできなくて
当時会社でガチ泣きしたのを覚えています。
仕事中に泣くなんて恥ずかしいことなので、
その恥ずかしさもあってよけいに痛い。

対談をやると知って
そのことを思い出してなんともいえない
複雑な気分でした。

対談の前に吉田さんの「キラ☆キラ!」を聞いて、
内容の予想はつきましたが、読みました。

読まれた人を対象にして書きますけど、
対談の最初の頃に出てくる
経理の●●さん関連の話については、
ちょっと読んでいられなかったです。
経理の方なのでもちろん在籍中御世話になったというのもあるし
わたし、会社やめて何年も経ってるけど、今でも
逢うことある人なんですよ。

こまかいエピソードではあるんですけど、
引越の前日に「豪ちゃんの机はないから、
荷物をまとめておいて」と言ったという話ですが、
これについては
会長自身が「俺が豪ちゃんと話す」という風に
●●さんに対しても、他の人間に対しても
言っていたから、まわりは妙な空気を
感じつつも何も言えずにいたんですね。

で、当時の会長はほんとに忙しくて、
結局話す時間を取れずに日にちが迫ってきて、
●●さんとしては、会社のトップである
会長が話すって言ってるから
自分が出過ぎるわけにはいかない、
でも、●●さんは経理であり総務でもあったし
会社の引越を取り仕切る立場でもあったから
どうしようもなくて、最低限のことだけを
ギリギリで伝えた、という話だったはずです。

「もっと家賃をとらなきゃ」云々については
経理だからそういう計算をするのも
しょうがないと思うし
会長が会社を不在にすることが増えていって
多分●●さんとしても自分が上に立ってなんとかしないと
という気持ちがあったはずです。

で、雑誌としても誌面がPRIDE中心になっていく中で
どういうものをやってもらうのがいいのか、
吉田さんも編集部も探っていた頃だったと思うのです。
吉田さんとしては、対談の中で
おっしゃられているように、誌面として
バランスを取る方法を探っていたと思う。

そういう状況下で●●さんは
インタビューをやってもらうのが難しいなら
もっと下の子たちを見て欲しい、
吉田豪っていうすごい人が身近にいるんだから
その人に仕事をしてもらわないのは損だ、と
会長にも私たちにも言っていました。
それが難しいなら家賃を払ってもらって
なあなあの関係ではなくて
ドライに、編集とライターとして付き合っていくべき
と主張されてたんです。

会長としては、豪ちゃんはあれだけ
個人で仕事が取れるようになってるんだから
もう1人で事務所を構えてやっていく時期じゃないか、
とはいえ豪ちゃんのやってくれる仕事は
誌面としても携帯サイトとしても
大きな意味があるから、
豪ちゃんが事務所に今後も居続けるなら、
そのことにどういう意味を
お互いに持たせていくのか、
それも含めて俺が一度、ちゃんと豪ちゃんと話をするから、
……と、私は会長の言葉で聞いた記憶がある。

●●さんとしてはその決定に従って
新しい事務所のレイアウトや机の発注もするから
待っていたそうですけど、

でもまぁ話さずに終わっちゃって、あの対談につながる、
という感じです。

会長は、人と話すということを
すごく重く考えている人で、
じっさい話をし出すと全部話さないと気が済まない
性格でもあるので、ちょっと話し出したつもりが朝までとか、
かるくかかっちゃう人でした。

(帰りがけの会長に確認のために話し始めたことで
 終電のがしたりとかよくあった)

重く考え過ぎているがゆえに話すのを
どんどん後回しにしちゃって(周囲も遠慮して)
結局話さないで終わるみたいなことがあったり
会長的に10伝えなきゃ気が済まないのに
2や3しか話せないなら、いっそ話さない
みたいな道を選ぶことがあって、
あの件はそこがとくに悪く出たケースじゃないのかな
と私は勝手に、よく見ていたファンとして思っています。

対談の全体的な感想については
吉田さんが優しいなと思いました。
話すべきときに話さなかったのは会長で、
いまの吉田さんにとっては話さなくてもいい状況
だと思うのですが、
それでも逢って話して向きあいつつ、
ちゃんと対談として成立するように
読者向けのネタを差し込んでくれている。

その上で踏み込んだり引いたりの技術も
たいへん見事で、さすが吉田さん、です。

会長がわざと偽悪的に振る舞っているのかなとも
思いますけど、なにかに火をつけようと
されているのかもしれないですけど、
というか忘れてしまわれているので
しょうがないんですけど、
触れられている他の人については
書き手なら不満や事実と異なる点があれば
自分の言葉で反論しようと思えばできるけど、
いまの●●さんは書き手でも表現者でもないし。

会長に対する気持ちも吉田さんに対する気持ちも
変わらないです。
どちらも私にとって大切な師匠と先輩です。
で、その気持ちの根本は
ファンとして2人を見ていたころと同じです。

ただ、●●さんも私にとって御世話になった人で
伏せ字にはしてあっても、忘れちゃってるにしても、
そこだけは自分の知ってることを書いておきたかったし、
会長が忘れちゃってる部分を含めて、私の中の会長なので。
ああいう対談を喜ぶ人たちに対して
冷や水をかけてしまうような行為なんじゃないかと
悩んだんですけど、やっぱどうしても気になって、
こういう紙プロらしくないことを書いた次第でございます。

でももう書くこともないでしょう。
基本的に恐れ多いしこれも書いてて申し訳ない。
対談を読んであらためて思ったけど
私はあそこだからライターになれたけど
あの場所にとって私は異分子だったし
周囲も私をあつかいづらかったと思う。
すいません。でも感謝しています。

そして、会長と吉田さんが再び逢われたこと自体は、
私はとても嬉しいです。

最後に思い出した話をひとつ

●●さんから聞いた話なのですけど
●●さんがダブルクロスから離れた後、
趣味で観に行ったプロレスの知人と
飲み会かなにかをやったときに、
知り合いの知り合いくらいな感じで
たまたまザ・グレート・サスケさんが
いらっしゃったそうなんですね。

で、ダブルクロスにいた●●さんのことを
サスケさんは覚えていらして、
「●●さん!」とサスケさんから声をかけてきて、

「聞きましたよ! いや、ボク、
 まったく事情を知らなくて。
 詳しいことは分からないんですけど
 ボクはあなたの味方ですから!」

とおっしゃったそうなんです。
●●さんは

「なんにも詳しいことを知らないはずなのに
 味方だと言うサスケさんに
 思わず笑ってしまった」そうです。

かなりの確率で会長にも
同じような意味のことを違う言い回しで
おっしゃっているような気もするのですが、
サスケさんらしいなと思いましたし
なんかいいです。
たのもしい感じがする。

というかサスケさんこそ味方が必要な感じもします。
いや、みんなサスケさんの味方です。
きっと。
posted by ささきぃ at 10:24| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

大好きなお弁当の本

好きな本ほど、感想は書きづらかったりしませんか。
しかし書く。

『私たちのお弁当』クウネルお弁当隊/マガジンハウス発行



表紙のシンプルなお弁当が、
雄弁に本の中身を語っています。

私がこの本を買ったきっかけも、
表紙のインパクトにやられたからでした。

こんな普通すぎるお弁当を
本にしていいの?
そう思いました。

本はいくつか例外もありますが
ほとんどが2ページでひとり、という構成で
右ページが文章と顔写真、
左ページがお弁当のアップ。
文章の内容はその方のお弁当に対する
こだわりの紹介。

登場されている方の年齢も性別も
職業もばらばら。
共通しているのは皆さん
ご自分でお弁当を作っているということ。

人それぞれ、お弁当作りをするようになった
理由がそれぞれで興味深い。

「中学生のときから弁当だったので、
 昼に外食したり買いに行ったりする習慣がない」

そのため12時になったら、お茶を入れて
さっと食べるのが理想、という男性がいたり

「母親を早く亡くしたので、小学生のときから
 家族の普段の食事を作ってきた」

という頭の下がるような女性がいたり

「お弁当作りは趣味とか娯楽に近い感じ」

と笑う女性がいたり

「昼飯代をうかせたいっていうのが
 最大の理由だけど、『食』って生活の
 柱になる部分だから、人任せに
 しないで積極的に関わっていきたい」

という男性もいたりで、
ほんとうにさまざまです。

しかしこれが
どれもこれも
めちゃくちゃうまそうで。

自分で作って自分で食べるごはんのおいしさ。
そこかしこにこだわりがつまっていて
誰もしらなかったとしても、
自分だけでうれしくなる。

「お弁当には、限られた空間に小さな世界を完成させる
 自分のための箱庭作りのようなよろこびも
 つまっているような気がします。」

とは、まえがきのことば。
ああ、だから私はお弁当の本が好きなのかもしれない。

2005年発行の本です。
弁当男子とかのブームよりずっと古い本。

本を買ってから知ったのですが
もともとは雑誌『クウネル』の人気連載だそうで
この本も評判がよかったようで、
続刊も出ています。

『もっと 私たちのお弁当』クウネルお弁当隊/マガジンハウス発行



こちらは最初の本より
人から見られることを意識したものや
特別なときのお弁当 というものが多いように感じました が
男性美容師さんによる
卵焼きとおむすび「のみ」のお弁当のいさぎよさが
群を抜いて素敵です。

しかも理由が

「食べ物の中でいちばん好きなのが米と卵なので
 これが理想の組み合わせ。全然飽きない」

という。手抜きとかじゃなくて理想の追求。

いまの私はお弁当をまったく必要としない
ライフスタイルなのですが、
読んでいるとお弁当が作りたくなります。
出てくる人たちが楽しそうなのが、とてもいい。

作りゃいいんですけどね。
でも家で作って家で食べててもなぁ…。
posted by ささきぃ at 23:27| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

今日の夕飯はハンバーグでした(「きのう何食べた?」の感想です)

写真を取り忘れましたが。

「きのう何食べた?」から
よくレシピのヒントをいただくのですが
ハンバーグも4巻を読んでマネしました。
たまねぎの炒めナシで作るというのは
たしか「夫すごろく」の最初のほうにも
出てきたと思いますが、
炒めナシもおいしいです。

漫画のなかでいちばんよく作ってるのが
1巻のトマトそうめんで、ふつうの食べかたを
するほうがもはや少ないかも。

ポテトサラダだけは、漫画(2巻)にあった
やり方(※熱いまま玉ねぎのボウルに入れる)より
ふつうに別皿でむくやり方のほうが
いいかなとは思いました。

料理漫画の多くは
1品に力を入れて入魂の品、というものが
多いのですが、この漫画の場合は
晩ご飯なり昼ご飯なりの「1食」を作っている
場面がたくさん出てきます。

先にこれを作っておいて次こっち、みたいな。
主菜1品、副菜がだいたい2品、汁物 といった
「献立」をちゃんと作っているところが
シロさんは(※主人公の名前です)えらいなぁと思います。

だしの素を使っていたり
手を抜くところは抜いていたりしてても
そこがまた参考になるし。

ハンバーグの例で言えば私は
つけあわせの野菜を薄味の炒め野菜にする、
なんていうのが非常に参考になりました。
千切りキャベツや
レタスとトマトじゃなくてもいいんだ、と。

料理だけでなく
巻をかさねていくごとに
主人公と恋人の関係や
親との関係が変化している様も
さりげなく表現されていて、
よしながふみさんという人は
こういうの本当にうまいなぁと思います。

最初の頃は、深い人間関係を好まず
どこかうとましく思っていたように見えるシロさんも
最新刊を見ると、いつのまにか
周囲との距離を上手に取りつつ、居心地のいい
環境を作っているように見えるのですね。

「フラワー・オブ・ライフ」を読んだときにも
思ったことですが、欠点がある人を
変化させずに、周囲となじませていくうち
なんか愛すべきキャラにしてしまう、という。

ただそれも出てくるキャラが
素直だったり、ひねくれている場合でも
愛情表現だけは上手だったり
人間関係の技術に長けていたりするから
欠点を欠点として許せるように
なってくる。

5巻に出てくるワタルくんなんか
その典型的な感じです。
2巻のヒデくんと合わせてみると
ヒデくんもきっとこういう人なのだろうな、とか
ただ距離の取り方がワタルくんほどは
絶妙じゃないんだな、とか
想像させてくれる。

(わたしはヒデくんの話だけ
 理不尽というか訳分からなさすぎて
 あまり好きじゃなかったのですが、
 ワタルくんの存在が出てきてから読み返すと
 すこし理解できるようになりました)

レシピだけじゃなく
そうした人間関係の術も実はけっこう
勉強になる漫画じゃないかなぁと思います。

おそらくこの漫画が好きな人は
そんなの言わせんな的なところで
こういう意見言うのって野暮だな
と私も思うのですが
褒め言葉は野暮でもあえて世界に放っておこう
と、最近は思うようになってきました。

手の込んだ料理だけじゃなく
ひとり飯の最高峰的な
サッポロ一番がちゃんと取り上げられているところが
とても好きです。
いつも幸せだからこそ感じる
自由なひとり飯のおいしさ。
塩味が好きです。
posted by ささきぃ at 22:35| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

いまさら『ヒカルの碁』

お正月に『ヒカルの碁』をいまさらながら
読んでました。
連載中に5巻くらいまで読んで、
やべぇマジ面白すぎる
いつかまとめて読もう
と思ってからのいまさらです。

いまさら言うのもなんですけど
よくできた漫画ですよね。

初心者だった主人公が
徐々に強くなっていく過程に藤原佐為という
ファンタジーの存在があって
そのファンタジーと現実が
かみあったりかみあわなかったりしつつ
学校から院生、プロ、北斗杯という
成長の流れがあって
インターネットが囲碁っていう古い時代の中で
大事な役割を果たしている。

sai vs toya koyoのあたりとか
ネットで囲碁対戦という少年漫画では
これ以上ないくらい地味な対決だと思うんですが
まじ痺れたす。

囲碁覚えたいな と思いますしね。
もっと長く続いてほしかった漫画でも
ありますけど、いまからでも
続き描いてほしいくらいです、って
いまさら何言ってんだ ですけども。

あと、北斗旗編の記者の動き、
1日間違えたり通訳が間に入って
意図がきちんと伝わらなかったりするあたりは
読んでて心底怖かったです。
スポンサーさんのクールな感じとか
受付の子の感じとかもうまいし、
脇役が老若男女いてみんな魅力的でした。

…いまさらだ。
ここまで書いて読み返してみてなんたるいまさら感。
いまさらすぎるけど書いておきたかった。

今後の目標としては『ONE PIECE』を
ちゃんと1巻から読みたいです。
(いまさら!!!!!)
posted by ささきぃ at 23:33| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

個人的に好きなノート本について・その1〜人生は1冊のノートにまとめなさい

ライフハック系の本がにぎやかな昨今。
ノート術の本もたくさん出てますね。

文房具も本も好きなので
見つけるとついつい手にとってしまうのですが
近頃は「ノート」ってタイトルに書いてあっても
中身は全然ノートと関係無い
たんなるエッセイだったりする本も
けっこうあるので注意が必要です。

個人的にはごく当たり前のことだけが
書いて有るような優等生な本よりも
その人にしか出来ないようなアイディアとかが
盛り込まれているものが好きです。

人それぞれ日々の時間の使い方が違う以上、
ノート術に絶対的な正解はないので
他人から見たら変わってるなという方法でも
貫いている人の体験のほうが
見ていて面白いし参考になります。

そういう「いい意味で変わってる」本のなかから1冊。

「情報は1冊のノートにまとめなさい」アマゾンへのリンク
12011601.JPG

これはノート術ブームの先駆けになった
本じゃないかなと思います。
じっさいこの本が出てから
文庫サイズのノートが文房具売り場に増えたと思う。

本の帯には25万部突破!の文字。
そりゃノートの本増えますよね。

中身としてはA6のノートに
とにかくなんでも書いていく、というもの。
頭に思い浮かんだメモから読んだ本など、
一元化することで管理する。

ぜんぜんノートやメモのことを考えたことが
ない人なら、入門編としていいんじゃないかな
と思います。

このやり方を批判される人は
1冊使い終わるごとにデータベース化する
という点のめんどくささを付いてくる方が
多いみたいです。

私自身はデータベース作りというところじゃなく
仕事のメモまで全部
まとめちゃうというのが、自分には
向かないのかなと思ったのと、
同じやり方でA6ノートに一元化してたら
たぶん私は1冊を瞬殺で使い終わってしまう
というのが予測できたので、
じっさいには取り入れてません。

ただ、1冊のノートにまとめるっていう
すごく簡単なやり方で、とっつきやすいのと
なにより著者の方がこの方法を
楽しんでいるという感じが伝わってくるので
自分には向いていないけど、きらいじゃないな
と感じました。

最初に読んだときから
情報をまとめるというより、自分の人生を記録する
ライフログの色合いが強いやり方だなぁと
思っていたのですが、
シリーズ3冊目の本で
はっきりその色が出ていました。

「人生は1冊のノートにまとめなさい」※アマゾンへのリンク
12011602.JPG

最初の本で感じた
このやり方を楽しんでる感じ、が
より強く出ているので、わたしは
こっちのほうが本としては好きです。

私自身は前のブログに書いたように
分冊派で、ライフログをやるよりも
あれこれいろんなノートにそれぞれの記入をしたい
貼るならスクラップブック作りたい
と考えるタイプ(※現時点は)ですし

ライフログにかける時間と労力を考えると
ほとんどの人の場合、壮大な趣味だろうと
思うところがあるので、楽しそうだなと惹かれつつも
同じ方法は取り入れてないですが、
違う人生があったらやってみたいし
長めの旅日記や育児日記なんかに応用できそうだな
と思う方法ではあります。

本もヒットしたことですし
ご本人も自分のやり方に自信が出てきて
いるんじゃないかなと思う。
トータル50万部突破!の帯を見ればよりそう思う。
(ノート術本はもう1冊、
 「読書は1冊のノートにまとめなさい」という本が
 出ています。3冊あわせた累計の数字のようです)

こちらでは、使用されているノートが
書くことや貼るものの量が増えてきたことから
持ち歩きの便利さより記入量を重視して
A5版になってました。

ほかのノートを使った場合についても
触れられていますし
ライフログってなんやねん
という人に対しても、丁寧に説明が
されています。

著者の方のノートの写真も多く載っています。
ノートそのものはいかにも男の人のノートで
決してキレイじゃないですけど(すいません…)
そこも含めて疾走してる感があるし
これでいいなら私もやってみようかな と
読者に思わせてくれる。

自分だけのノートはかっこ悪くていい
と中身でも力説されてますが
文具好きの中に一定量いるであろう
「キレイに書こうと思いすぎて腰が重くなる」
タイプには、奥野さんのノートを見ること自体が
すごくいい薬になってくれそうです。

貼り込みも激しくなり
お子さんの写真まで貼っていたりするのが
ほほえましい。

文中の
「たとえば、旅行に行ったとき、夜、ホテルで
 お酒を飲みながら、昼間に訪れた郷土博物館の半券を
 貼り付け、ノートに考えたことを書いていく。
 こんなことを想像しただけで、僕なんかは
 ニヤニヤしてしまいます」

という部分に共感する人には、
きっと楽しい本だと思います。

私もニヤニヤしました。
楽しいだろうなぁ。
posted by ささきぃ at 21:33| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

最後まで正論を吐いているための方法について

昨日、よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」の
感想を書いたので、そのまま、よしながふみさんについて
ずっと書こう書こうと思っていたことを書きます。

昨年9月(昨年!)『大奥』が映画になった際に
『大奥ガイドブック』という本が発行されたのですが
その対談の中で語られていた言葉が
自分に刺さったのです。

漫画家の羽海野チカさんとの対談の中に
よしながさんの

「結局、自分の子供がいなかったから、
 最後まで正論を吐けるわけじゃないですか」

っていう言葉がそれです。

私は「なんだか大変な言葉を見てしまった」と
思って、一回本を閉じたのでした。

もちろんそれから何回も読みました。

対談としては『大奥』のキャラクターの
有功と玉栄について語っている部分です。
一部抜粋します。
…もう発売して1年経ってるしいいよね。

「ちゃんと人と関わった人のほうが、かわいそうなことになる。
 スルーしたほうが、ひらりひらりってかわせるんだよね(羽海野)」
「で、結局自分の子供がいなかったから、
 最後まで正論を吐けるわけじゃないですか(よしなが)」
「難しいね。ちゃんと人と関わって全部手順を踏むと
 こんなに大変で、すっとばすとずっと最後まで
 正論で生きていけるって、どっちがいいのか…(羽海野)」
「でも、巫女さんってそういうもんじゃないですか。
 誰とも結婚しないで、神様と結婚するから、
 ずっと清らかで正しいことだけ言えばいいって(よしなが)」

のびのびとやっていても、人の親になるとのびのび
ばかりはいられなくなる、世の中としてはどっちの立場の人も
絶対に必要だ、という感じで対談は続いていきます。

ずっと正しいことを貫いていたかったら
独りでいるしかないし、そうしていれば自分の
主張を曲げずに生きていられる。

そういう、すでに分かっている人にとっては
当たり前の事が、自分の中にずんと突き刺さった。

よくある独身者と既婚者の考え方の乖離とかは
違う言い方をすればそういうことだと思います。

自分の子供がいたら守るために
例え間違ったことでもしなくちゃいけない、
それが一番はっきりしたシチュエーションでしょうけど、
ビジネス上の人間関係なんかでも、
いくらでも同じような話はありますよね。

本来はもっと適任の人がいても
人間関係やしがらみ上、別の人に依頼しなきゃいけないとか
全部を完璧なクオリティで仕上げるべきだけど
他からの依頼も来ててキャパシティがいっぱいだから
手を抜かざるを得ない、とか。

変な例えかもしれませんが、私がこの話の具体的な
例として思い浮かんだのは、独身時代は環境のためを考えて
無添加のせっけんを使ってた人が、
結婚後だんなさんの反対に遭って
合成の洗剤を使っていくという話でした。

どっちが正しいとかの議論は抜きにして、
自分が正しいと思うことを周囲の人間に合わせて曲げる、
自分の主張に沿わない道を歩く、
ということです。

嫌な奴だと思っていても
自分の子供のためなら頭を下げるとかもそうですよね。

そんなものは持たずにいれば
頭など下げなくてすむ。

こうして書いてみると、本当に当たり前のことでは
あるんですけどね。

対談の中の何気ない言葉でしたけど、
自分にとっては大発見でした。
その言葉をきっかけに、
バーッとこれまで接してきた出来事を理解できたような、
そんな鍵になる言葉でした。

作家が孤独だというのは
そういうところからくるのかもしれない。

私自身は考えを曲げなきゃいけないときがあったとしても
譲り合ったり戦ったりしなきゃいけなくても
できるだけ人とかかわっていきたい。
純粋じゃなくてもいいから
相手の立場や状況に応じられる言葉を使える人間でありたい。

2010年当時のツイート

映画&原作「大奥」公式ガイドブック
posted by ささきぃ at 23:39| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

完璧な少女漫画「フラワー・オブ・ライフ」


よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」よみました。

「愛すべき娘たち」「きのう何食べた?」
「大奥」あと短編で「こどもの体温」とか
「それを言ったらおしまいよ」「愛がなくても喰ってゆけます」
あたりを読んで、自分の中でのよしながふみという
作家に対する信頼がピークになった時点で
手を出してみました。

美しい学園物語で、
完璧な少女漫画でした。

何をもって完璧というのか、ですが
登場人物がみんな個性豊かで
それぞれに独自の道を歩んでいて
それぞれに欠点があって
それでも誠実に生きて、
学校という場でぶつかりあっている。

ときに傷つけ合ったり苦しんだりしつつも
なんというか真っ直ぐで
ひねくれていても、ひねくれている事に対して
目をそらしていない。

おそらくはよしながふみの願う
理想の学園生活もここにあるのではないか
と思いました。

そしてこれだけキャラが立っていると
作品が長く続いていくうちに
キャラクターで遊んで1話終わっていたり
逆にキャラクターをいじめないと
話が続かなくなったりしてしまうことが
あったりしますけど、
しっかり1年という期限で描き上げてしまった、
その様もすごいなぁと感じました。

完璧だなぁ
と思うと同時に、その完璧さに
これはやっぱり漫画の世界なんだ
と思わされたりもする。

現実の高校生はもっと
自分のひねくれぶりに自分で酔ってしまったり
していて、痛々しい場合が多いですし
変人でありながらこんなに他者と
コミュニケーションとったり
できないとは思うのですね。

でも、みんな真っ直ぐで誠実であれば
現実の人間関係も本当はうまくいくのかな
と夢を見たい気持ちにもなる。

読者をそんなふうに夢みさせるところふくめて
完璧な少女漫画だなぁ、と。

「個人的おすすめ学園漫画ベスト5(オールジャンル)」
を上げたら、確実に入る作品です。
(※いま、本棚を見ながらざっくり他の作品は何かと
 考えたら、他も殆ど埋まってしまった)
少女漫画オススメ、としても文句なしです。

文庫版でよみました。おまけ漫画もおもしろでした。
2巻のかわぐちかいじさんの解説が
よしながさんの絵と
『大奥』との描き分けについて触れられていて読み応えあります。
好きな作家が他のプロフェッショナルの言葉で
詳細に語られている様はうれしいものです。
フラワー・オブ・ライフ 第1巻 (白泉社文庫 よ 4-4)
posted by ささきぃ at 23:57| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

現代のおとぎ話・私的羅川真里茂論

羅川真里茂「朝がまたくるから」よみました。

私がこの方の作品で読んだことがあるのは
「赤ちゃんが僕」を高校時代に、
(生徒会の先輩が新刊が出るたびに持ってきてくれて、
 それをみんなで回し読みしていた。懐かしい)
あと「ニューヨーク・ニューヨーク」を数年前に という程度です。

この方が親子関係を描いたりする様が、
あんまり好きではなかった頃がありました。
自分が若かったので、その問題が自分に近すぎて、
客観視できなかったというか、いやでした。

育児ノイローゼの話や、離婚したおうちの話を読んだ時、
あと、すごくいい先生が出てきたりしたときに
やだなと思ったのを覚えています。

なんでやだったかといえば、その主人公には、
漫画だし救いがあったのですが、
現実には救いがないから、そういうものを見せないでくれ、
と、思っていたのでした。
あんないい先生もあんなに弁がたって正義感も強いような
完璧な小学生もおらんわ!とか思っていました。

ただまぁ私も大人になり立派に年を取り
そして「赤僕」から「ニューヨーク・ニューヨーク」を読んでみて
あぁなんか、この人は本気なんだ
本気で物語を描く人になろうとしているんだ
ということが伝わってきたのも、たしかでした。

今回の「朝がまたくるから」の帯には
「羅川真里茂にしか描けない。」というコピーが書かれています。

読んでみて、たしかにそういう世界だと感じました。

自分が大人になってみてみると
「罪」をテーマにした
3つのお話は、やさしい物語だと思いました。

おそらく、実際にかなり近い事象が複数、起きているはず。
そして現実には救われず、いまも痛みを抱えたままでいる人も
想いを遂げられずこの世を去った人もいるでしょう。

それらのテーマに取り組むのはきついことです。
おそらくは、羅川さん自身も
自分がやっていることが正しいのかどうかは
わからないけど、それでも描かずにはいられない、
そうすることで何かを救わずにはいられないというか、
どうすればよかったのかを考えたいのでもあるだろうし、

またそうするしかない物語をご自身の中に
持っておられるのだと、思います。

若い読者が読んでどう感じるのか、いまの私にはよくわからない。
でも、やさしい現代のおとぎ話を紡ぐ羅川さんの存在は、
貴重だなと思います。

起こりうる悲しいことに対して無関心でなく、
描いて作品にしている以上、他人事でもないと考えている、
そういう大人としてだけでなく、
悲しいことが起きる前に、隣にいる愛しい存在の手をしっかり握ろうと、
そういうことも伝わってくるのです。

作品から何か暖かいものを受け取ったら、
どこかで、その暖かさをこぼしてあげると、いいと思います。


(アマゾンへのリンクです)
羅川真里茂「朝がまたくるから」
posted by ささきぃ at 02:36| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

『闇金ウシジマくん』に映し出される世界

どっかファンキーなタイトルに油断していました。
暴力とかえぐい世界とかを自己満足に描く漫画なのかなと、
勝手に思い込んで、あまり見ないように、
というか自分とは縁のない漫画かなと。

前にも書いたけど雨宮まみさんの漫画評を読んで、
いつか挑戦しようと思っていました。
1月は忙しかったので、んで忙しいときというのは
不思議と本や漫画をたくさん読んでつめこみたくなるんです。
やらなきゃいけないことに押し出してもらうための薪をくべるように。

そういう中で読んだんだけど結果から言えば完全逆効果。
いやぁ沈んだ沈んだ。
弱っている人は本当にやめておきましょうよと言っておきたい。
かといって幸せで気分いい人に勧めたら水さすようで
すげぇやなやつだしどうしよう。

とにかく全巻読みました。

「テレクラくん」は一番最初に読んだけど、美奈に対して
ウシジマくんが語りかけたこと、美奈を再生させるきっかけになった
杉村が語った言葉は、軽く言おうとしたら軽く言える言葉だけれど、
ちゃんと相手を向いて言っている言葉だというのが美奈にも読者にも
わかるような言葉で場面だった。
それが人に対して効力を持っているんだということが、私には救いだった。
同時にそれを描いている漫画はこわい。とも思った。

「フーゾクくん」と「サラリーマンくん」がとくに後味悪いです。
まじめにやってる人が一瞬のスキから生まれる行動で
全部失ったり崩れたりする話なんで、本当にしんどい。
油断は禁物だと自分を戒める。

でも、その失っていく様にしても、
あぁ、こういう時にこういう流れだったら断れないよねとか、
こういう時はこういうことしちゃうもんだよねと言うような
ところなんで、より自分の生活と引き比べてぞっとする。

「フリーターくん」はハッピーエンドで、読後感は
いちばん好きだけど、このあたりから各章が一本の物語として
本気で人間の生き様を描こうとしている感が伝わってくる。

まぁそれと比例してウシジマくんの出番は少なくなっているように思う。

最新作の「楽園くん」は最高傑作と言っていい章で、
その完成度も、物語性も、ラストももう全部完璧。
中田とキミノリが最後に歩いた道の日差しも空気も、
全部読者に感じられる。

アンハッピーエンドではあるけれど、やってしまったことも
どうにもならないことではあるけれど、それでも、
あの日ああして歩いたことは忘れないよと言いたくなるような、
そんな一瞬があるのも確かだ。

安易にすごしていても「どうにかしなきゃいけない」という焦燥感だけは、
いつもいつも自分を追いかけてくる。
そして「やりつくしたか、ベストを尽くしたか」と自分に問うてみれば、
それは「そうじゃない」。

正直、人にどう勧めたらいいか迷う漫画であるのは今でも変わりない。
17巻オビの、オリエンタルラジオ中田敦彦氏による
「最低な現代日本をエグる地獄の黙示録。」に続く言葉、
「今これを読んでおかないと、多分ヤバい事になる。」という、
焦燥感と不安感にあふれた推薦文も、それを物語っているように感じる。

好きな人や、笑顔の人、幸せに過ごしている人にはあまり勧めたくない。
だけど、この漫画を通じて得た読後感の代わりになるものは、
今のところ見つからない。
どれだけの言葉を尽くしても代われそうにないのだ。

『闇金ウシジマくん 16 (ビッグコミックス)』

「楽園くん」は上の16巻、最新刊17巻の2巻で完結しています。
posted by ささきぃ at 15:27| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

身も蓋もない小説「ガープの世界」と奥田民生

今年の夏が終わった頃、子供のことがあって(このへん参照)
安静にしてなくてはいけない時期があったので
とりあえず本を読んでいました。

最初に本棚から手に取った本が「ガープの世界」でした。

家にある以上はもちろん読んだことはあります。
身も蓋もない小説、というのが自分の感想でした。

ガープの出生とか、ガープの初体験とか、しょうもない隣人とか、
結婚しても浮気してるとか、事故の原因とか、
それで失った大きすぎるものとか。
中に出てくる小説についても、そこで語られる事件についても、
エレンと言う名の女の子におきたことについても。

全部、どっか絶望しようにもしきれない感じがついてまわってる。

それでも生きて行かなくちゃいけなくて、
それでも人生はどこかいとおしくて笑える。

そういうことを思いました。
もっともっと学べることはある小説でしょうが、
おそらくは学ぶつもりで読むとつまらないでしょうし
作家の望むところでも、ないでしょう。

「ガープの世界」を手に取ったきっかけは
高校時代に買ったユニコーンの本『イナゲ』で
奥田民生が過去に一番感動した小説、としてあげていたからでした。

奥田民生が感動した、なんて素直に言うのはめずらしい。

というか当時の私にとって、奥田民生という人は、
いつも、インタビューにしろアンケートにしろ
どうでもいいことには答えて、こちらの一番聞きたいことには
煙を巻いてしまう人という印象だったので
そうやって答えていることが、なんか驚きでした。

まぁ、今にして考えてみれば
奥田民生のすべては作品にあるのです。
思い込みや背景や人間性さえも無視したところで
作品を判断してほしい という思いがあったのでしょう。

当時はそういうアーティストの思いなんてわからないです。
というか、当時の音楽雑誌は、そういうアーティストの思いと
ミーハーに彼らを思うファンたちと、今読むとかなり自分語り多めの
担当ライターさんたちと、はざまで苦しむ編集者の
思いや事情がごっちゃになって、カオスなものになってました。

そう考えると
この質問だって無視してもよかったのではないか
とも思うのですが、奥田民生はあえて答えてて、あげてたのが
この小説だった。

主人公のガープも、すぐれた作品を残しつつ
自身に起きた事故や母親との関係から作品を判断されることに
ジレンマを感じたりしていました。

それでも作家の仕事は作品を残すことで
ガープはそのために苦心していて、書けない時期のもやもやした描写など、
自省もあって背筋が寒くなります。

でも、まっとうに評価されなくとも作品を生まなくてはならないし、
生きていれば常に不安や絶望は襲ってくるけれど
小さな良きことを大事にして生きていかなくちゃ、と。

思い入れを拒否して、それでも誠実に解答しようとして
この本をあげた奥田民生が、なんでこの本を選んだのか。
そして彼は、この本を読んで何を思ったのでしょう。

わからない。わからないけどそれでいいです。
私は、小説を読んだ感想だけでなく、
小説を読んでそれがいいと言った
もうひとりのアーティストのことも二重に味わうことができるから。
たとえそれが、こちらの勝手な思い込みであったとしても。

作品は、作家のものであると同時に、読んだ読者のものでもあるので。

それでも生きて行かなくちゃいけなくて、
それでも人生はどこかいとおしくて笑える。
生きていれば常に不安や絶望は襲ってくるけれど
小さな良きことを大事にして生きていかなくちゃ。

正直、時期が時期だったこともあって、
自分に言い聞かせるように、そう考えていました。

いろいろあって読んだ本から、いろいろなことを思いました。

私も、一番感動した小説を、と言われたら
これを薦めると思います。

アマゾンで購入される方は以下へ。
ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)
posted by ささきぃ at 03:00| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする