2009年06月07日

お片づけのBGM

片づけ中のBGMとしてずっと聞いてたのは
O.P.Kingでした。

あらためて聞くとやっぱいい。
とてもいいです。

「Rock'N'Rollが必要だ」から「OVER」の流れがいいです。
「Rock'N'Rollが必要だ」の、クリーンとかクイーンとかラブピースとか
最後のエブリシングとかの単語の使い方とか、
「たまにコケてもいいだろ 半分ウケれば問題ねぇだろ」とか
あらためて聞いて、奥田民生はこういうところで
こういう歌詞を書いて、なんだろうね、もう、みたいな、
そこに続く「OVER」の
「悪いときは過ぎたよ 今からもっと良くなっていくんだ」の
繰り返しを、とにかく移動は終わったんだと、
スカパー!が映らなくても水道屋がこなくても
本のダンボールがあききってなくても、とにかく終わったんだと、
半分ウケてれば問題ねぇだろうと、
自分に言い聞かせながら聞いていました。

喰いっぱぐれなきゃいいんだチクショーです。
(※これは「ミサイル畑で雇われて」)。
posted by ささきぃ at 23:59| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

さざなみCDのこと

スピッツの「さざなみCD」って
「ハチミツ」と並ぶ
もしくは越えるほどの名アルバムじゃないですか?

と、いまさらながらに思います。

「ハチミツ」はもう日本人なら全員聞いたと思うので
いいアルバムだということは一般常識でしょうが
「さざなみCD」あらためて聞き込んでみると
ほんといい。

マサムネの、メロディーに乗せて
不意打ちで切り込んでくる言葉のセンスが
時代に合わせてどんどん巧みになってるところが
すばらしいし、すごいと思う。

「僕のギター」の祈りからはじまって
出会いを喜ぶ「桃」「群青」につながって
「NadeNadeボーイ」の恋の喜びから
人生に立ち向かう「ルキンフォー」への流れ。

「NadeNadeボーイ」の曲としての完成度とかわいさ、
そこからつながる「ルキンフォー」がヤマですよね。
「ルキンフォー」の
「それじゃダマされない ノロマなこの俺も
 少しずつだけれど 学んできたよ まだまだ終わらない」
の出だし。俺は俺、って言い切ったその上で
「くぐり抜けた心 君につなげたい」と歌う強さ。
俺は俺なりに生き抜いてきた、
君にも出来るから、君につなげたい、っていうメッセージ。

恋を経て男の子がどんどん強くなっていく歌が続いてから
次の「不思議」「点と点」が、恋した相手と生きていく歌で
「P」では、逆に弱さを見せた女の子を力づけているくらい
元気になっている。

そんで「魔法のコトバ」と「トビウオ」は
恋した相手がいるから僕は元気であれるんだ、
という強さにあふれてるし、
「魔法のコトバ」の
「花は美しく トゲも美しく 根っこも美しいはずさ」
の一文は、相手のいいとこも悪いところも
全部好きだよって言いきれる強さだし。
「美しいはずさ」ってのがね、
君の全部を見たわけじゃないけど、たぶん大丈夫だよ、
だけど、あんまりひどくぶつけてきたりしないでね、
っていう弱さが混じった、らしい愛の語り方ですよね。

「ネズミの進化」は語るまでもなく
俺は俺であることを全肯定する歌ですよ。
「すぐに狭い抜け穴 逃げ込めるような
 小さなネズミになる」って
小さいこともネズミであることも、もう全く恐れてないし
ハンデだとも思っていない。

「漣」と「砂漠の花」は
たとえ別れが来たとしても恐れない、
君が嫌いだと言っても僕は君が好きだ、
という歌であり、またそう言えるくらいに
強くなってることを示しているようで。

一曲一曲もすごくいいんだけど
アルバムとしての流れがすばらしいと。
ああすばらしいと。

そう思った、というか、日々聞きながら思っています。

トータルバランスや完成度で言えば「ハチミツ」より
「さざなみCD」のほうが、すごいんじゃないか。
そんで全部に強さと愛と、
これまでのスピッツにないくらいの自信があふれているところが。
もう。

そしてスピッツのすごいところは
完成度をあげたり言葉のセンスが上がっていたり
自信を身につけたりしていても
スピッツはスピッツであり続けるところだと思うのです。

かっこいい。
posted by ささきぃ at 23:59| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする